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中高年がユニクロで何が悪い~の2


リタイア以前の時代は、どうせ家にいる時間そのものが少なかったのだから、普段着なんかどうでもよかったのだが、毎日が日曜日になると、そうも言ってられなくなる。

買物だの野暮用だのウォーキングだのと、外に出るたびにいちいち着替えるのも面倒だが、と言ってニョーボが顔をしかめるような見苦しい恰好で出歩くのも、たいがい気が引ける。

だが毎日身に着けていて傷みも早い衣料品に、大枚をはたくのは惜しくもある。

その点、ユニクロは実に便利な存在なのだ。

だが、そうして買ったユニクロのTシャツや靴下さえ、やっぱりボロボロになるまで捨てずに着ようとする、このしみったれた性格はわれながら少々うとましい。
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中高年がユニクロで何が悪い~の1


「中高年がユニクロを着て何が悪い。」なんて開き直りみたいなことを言うつもりはないのだが、ユニクロを利用するにはそれなりのわけがある。

価格のことは今さら言う必要はないだろうが、あえて触れておきたいこともある。

ボクらの幼少時代は、まだ高度成長以前だったから、当然、社会全体の消費生活がまことに貧しいものだった。

周囲が似たようなものだったので、特に貧乏だと感じなかっただけのことで、今の平均的な世帯の生活と比べたら、昔々のわが家の暮らしぶりなど、単なる貧乏としか形容しようがない。

そのせいか、長じてから浪費そのものは多くなったのだが、半面なかなか物が捨てられない性格である。

衣料品もその口で、かなり着古したものでも、シミやほころびや擦り切れが目立つようにならないと、捨てることができない。

仕事用や外出用の衣料品も、外で着られなくなれば、なんとか家で着ようとする。

そうなるとどうしても、家にいるときの恰好がみすぼらしくなる。

ゴボウのポタージュを作ったわけ


ニョーボが友人とのランチで外出した日、今年の梅酒を仕込むための青梅とウィスキーと砂糖を買うついでに、また作り置きのおかずで五目豆を作ろうと、コンニャクやゴボウなども買って帰った。

このゴボウ、新物だがやけに太くて大きかった。

帰宅したニョーボが夕食の支度をしはじめたので、その脇で夕食用の1品にゴボウのポタージュを作る。

以前ニョーボが2回くらい作ったと思うのだが、自分で作るのは初めて。

ネットで「ごぼうのポタージュ」と検索してみたら、NHKの「きょうの料理、2009年3月放送」でレシピが出てきたので、そのとおりに作ったのだが、まず満足なスープができた。

世の中には、あれこれと料理本が出ているのだが、別に新奇な料理を作りたいのでなければ、ネットで調べればたいがいの作りたいと思う料理のレシピが見つかるのは、まことに便利だ。

自作自食~の3


一人ごはん以外に食事を作るのは、料理教室で習った料理をごくごくたまに作ってみるときと、ニョーボが夕方まで外出しているときのピンチヒッターのときぐらいなものだ。

しかしこの1・2年は、この日記にも書いてるが、ときどき作り置きおかずを作ることがある。

と言ってもレパートリーは、まだ2・3品ぐらいしかない。

だが、作り置きのきくおかずがあると何かと便利だ。

と言うより、ニョーボだけが一人ごはんだった時代は、こんなことはあまり考える必要がなかったのだが、昼間でも一年中ボクが家にいるようになれば、おかずのストックが冷蔵庫にないと、実に不便だ。

これは考えようによっては、ピンチヒッターで夕食を作るときと同じぐらい女房孝行ということになるかもしれない。

自作自食~の2


一人ごはんのときと、ニョーボとの2人分を作るときとでは、まったく献立が違う。

これは普通の主婦でも同じことだと思う。

ただ、ボクは冷蔵庫の残り物を食卓に並べるだけという一人ごはんは、あまり好きではない。

だから大概の場合は、何でもいいからとにかく作って食う。

肉類の残りかソーセージかベーコンさえあれば、あとは野菜が多少あれば何とかなる。

一人で食うのに後で食器をいくつも洗うのは面倒くさいので、深皿か丼1個で食えるものを作ることが多くなってしまう。

もっともよく作るのは、何でもきざんで冷凍ご飯と一緒にスープで煮てしまう「おじや」だ。

見た目はまるでイヌメシだが、一人ごはんの場合は、そういう点を気にしないで済むから楽だ。

自作自食~の1


自分の食べるものを自分で作ることは簡単だ。

問題は、自分以外の人間が食べるものを作ることだ。

ボクのニョーボなんかは、見よう見まねの自己流で、今まで一度も作ったことのないものを、平気でボクに食わせることがよくある。

「これはまずい」とニョーボに言ったことはないが、そう思ったことが全くなかったわけではない。

ただ、作った本人も自分で食べてみて失敗と気付いている場合が多いから、いちいち言わないだけのことなのだ。
(ニョーボだけが満足して食べていることもないわけではなかったが)

だが、社交辞令ではなく人に「おいしい」と言ってもらわないといけない、だなんて考えていたら、料理するのは楽しくない。

人に褒めてもらうことや、人を喜ばせることは、もちろん大切なことだが、何はともあれ自分が満足して食えるかどうかが大切だと思う。

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