Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

禁煙なんて簡単さ~の5

ところが、強い煙草ばかり好んでいたせいか、年中えがらっぽくなってしまったので、数年でパイプも煙草もあっさり全部捨てて、喫煙そのものを一時やめてしまった。
でも意志が弱いから、じきに普通の軽いフィルター煙草に戻った。
そこから、なんども禁煙を繰り返すようになる。
スポンサーサイト

禁煙なんて簡単さ~の4

サラリーマンになって独身寮で暮らすようになると、ひとりきりの夜がヒマなものだから喫煙にも凝りだして、パイプ党になった。
パイプの数は2本3本と増え、パイプ煙草の銘柄もあれこれ試したりした。
ブランデーを煙草にスプレーして、自分で香りづけしてみたり、革の端切れで煙草入れを自製してみたり、ペーペーのサラリーマンのくせに、えらそうに濃い紫煙をくゆらせて、悦に入っていた。

禁煙なんて簡単さ~の3

煙草を吸い始めたのは大学浪人の時だから、ざっと喫煙歴25年くらいだったろうか。
ショート・ホープから始まって、ポール・モールの両切りなどという強い煙草を愛飲していた時期もあった。
ろくにアルバイトもせず、年中財布が軽かったくせに、生意気に舶来銘柄の煙草を吸ったりしていたのだ。

禁煙なんて簡単さ~の2

で、「禁煙なんて簡単さ」を地でゆくように、かつてはボクも何回となく禁煙しては、誘惑に負けることの繰り返しだった。
90年代前半に「やっぱりやめよう」と決めてから、完全に煙草と縁が切れるまで、10年以上かかった。
それ以前に、子どもが生まれてから、家では吸わなくなっていたのだから、ずいぶんと気の長い禁煙ではある。

※ 「ホタル族」

禁煙なんて簡単さ~の1

「禁煙なんて簡単さ。ボクはもう100回はやっている」というジョークがあった(100回でも50回でもいいのだが)。
昔は、ことほどさように禁煙とは難しいものだと言われていたものだ。
ところが20年前には60%以上だった日本人男性の喫煙率は、今では平均40%そこそこにまで下がったらしい。
つまりこの20年くらいで、喫煙・非喫煙の比率が逆転したことになるのだが、ボクもその逆転の中のひとりである。

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の13

生後6ヶ月で性的には成熟することもあるらしいから、まだ仔猫と思えるうちに、去勢されてしまうのも、いたしかたないのかもしれない。
毎年、日本中で捕獲・殺処分される猫は数十万匹もいて、犬よりも多いらしい。
殺されるよりは去勢される方が、まだ「まし」だろう。
だからと言って「それで良い」と、納得する気にもなれない。
耳の先の欠けた、向かいのノラコたちを見ていて、なんだか割り切れない複雑な気分になった。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の12

聞くところによれば、野良猫も最近は「地域猫」とか呼ばれて、大切にされている所もあるらしい。
餌を与えてもらえるから、食うための苦労はない上、地域によっては大小便の場所を確保してもらえることもある。
その代り、これ以上増やさないために、去勢手術を施されるし、去勢済みの目印に、耳の先をVの字形にカットされる場合もある。
向かいのノラコたちもその例なのだが、体形はおとなの猫なみになったとはいえ、まだ母猫よりふた回り以上も小さいのに、もう去勢されてしまった。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の11

仔猫たちの存在に気づいてから4ヶ月が過ぎ、秋も深まってきた。
お向かいの玄関脇に置かれていた寝小屋も、なくなっている。
久しぶりに見かけた1匹をよく見たら、いつのまにか右耳の先が欠けていた。
どうやら憂き世の洗礼を浴びたらしい(去勢手術を受けた目印のようだ)。
他の兄弟たちもやっぱりどちらかの耳の先が欠けている。
そう言えば、この夏の前には母猫も左耳の先が欠けていたのだった。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の10

そう思いなおすと、みすぼらしい姿の猫から逃げるのではなく、動物病院に連れて行って、治療のひとつも受けさせるくらい、彼らに共感を持ってもいいのではないか。
ちょっと反省することもある。
もっとも、ボクの方で共感を持っても、野良猫たちの方はそうじゃなさそうだが。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の9

しかし、よく考えてみると、今の自分の生活は何と猫に似ていることか。
天気が良ければ「ウォーキング」と称して、家の周辺のあちらこちらを歩きまわり、誰かのために役に立つでも社会に奉仕するわけでもなく、好きな時に食って飲んで、好きなだけ寝る生活だ。
まったく猫そっくりだ。
いや飼い猫なら、飼い主の心を癒すというお役に立っているのだから、野良猫そっくりと言う方が正しいような気がする。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の8

それに比べ、肥満の野良猫には憐れみなど感じない。
「どこでそんなに食べさせてもらっているのだろう?」と不思議に思うだけである。
正直言って、「自由でいいな」と、多少羨ましくはある。
よそでたらふく食ってきておいて、わが家の周りでクソをしたり、花壇の草花の上で昼寝をしたりということさえなければ、どこでどれだけ食ってこようが、彼らの自由だと思う。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の7

野良猫でよく見かけるのが、眼病、皮膚病、傷跡、それに肥満である。
残念ながら、こうした猫には、ボクは近寄りにくい。
やまいの猫には、かわいそうだという気持ちは起きても、触れることもできない。
たまに、みすぼらしい姿の猫が「ニャー」と言いながら足元にすり寄ってくることがあるのだが、つい逃げてしまうくらいだ。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の6

仔猫が成長して残念なのは、彼らがじゃれ合ったり、取っ組み合いをしたり、重なり合うように寝ていたりするのを見られなくなったことだ。
こればっかりは、仮に彼らを家で飼っていても、同じことだからしょうがない。
残念と言えば、母猫が仔猫たちの体や顔をなめてあげる光景を見られなくなったのもそうだ。
本能的な愛情からそうしているのかどうかは分からないが、いかにも慈しんでいるような姿は、やはりほほえましい。
顔を清潔にしていないと、猫は眼病にかかりやすいようだから、より、そう思えるのだ。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の5

仔猫たちが幼い時にはお向かいの主が餌をあげていたが、自分で餌探しができるほどに成長してからは、どうやらあげるのをやめたらしい。
寝小屋まで提供していたくらいなのだから、お向かいも猫嫌いではなさそうだ。
とにかく無事に仔猫たちは怪我もなく成長している。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の4

そんなわけだから、向かいのお宅の玄関前に住み着いた野良猫母子の挙動が、毎日のように気になるのは、4匹の仔猫がまずまずの器量よしだからだ。
ノラだから、必ずしも毎日見かけるとは限らないので、姿の見えない日が続くと、心配になったりもする。
腹を空かせていそうにしていると、餌をあげたいという誘惑に駆られもする。(野良猫に餌をやらないのは、それなりの信念に基づいてのことだから、誘惑には負けないが)


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の3

野良猫たちには、概して器量よしが少ない。
これでちょうどいいのだ。
町じゅうの野良猫が器量よしだったら、誘惑が多すぎて、ちょっとした散歩にも時間がかかり過ぎるようになりそうだ。
徘徊する野良猫のあとを追いかけて、いちいちジロジロと眺めていたら、あやしいオッサンと間違えられてしまうではないか。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

ノラ猫の子はやっぱりノラ~の2

この仔猫たちが、買ったばかりのデジタル一眼レフカメラの、格好の被写体になったことは444~447コマで触れている。
こんなことを言ったら、動物愛護の人たちから怒られそうだが、正直に言って、器量よしの猫は好きだが、ブサイク猫は好きじゃないから、仔猫なら何でもかわいいとは思ったりしない。
ボクは猫については、かなりの「面食い」である。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

Appendix

カウンター

最近の記事

サークル

PHOTOHITOブログパーツ

"PHOTOHITO"にも参加してます

過去の記事

順番にご覧になるには平凡生活・漫画文庫からどうぞ

プロフィール

おんち・はじめ

Author:おんち・はじめ

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。