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おやじクッキーを焼く~の3

リタイアしてからは、食間の空腹を仕事で誤魔化すことができなくなった。
それでスーパーに行くと、目についた袋菓子だのチョコレートだのガムだのを、カートに放り込むのが、いつの間にか習慣のようになっていた。
「これはうまい」と思っているクッキーなんかに「特価」の表示があると、つい手が出てしまう。
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おやじクッキーを焼く~の2

まだ若いサラリーマンだった頃、職場によっては、なぜかよく三時の休憩に菓子があったりした。
けれど、(こう書くと、いかにも「昔は真面目に働いていた」と言わんばかりで、いやらしいのだが)仕事に集中していたから、勤務時間中に間食が欲しくなるということは、まずなかった。
しかし中年になって、体力の衰えを自覚する年齢になると、職場でも家でも、甘いものを欲しくなることが多くなった。

おやじクッキーを焼く~の1

クッキーをときどき焼いている。菓子類のストックがなくなると、何となく哀しくなるからだ。
お菓子がないと哀しくなる、なんて、まるで子供時代に戻ったみたいで、いい年をしてみっともない。
しかしリタイア生活では、自分の本音に正直に生きた方が、ストレスがなくていい。

デジタル一眼レフカメラを買った~の10

しかしデジカメ一眼を手にして、今まで以上にあちらこちらに出かけたくなったことは間違いない。
別に日常生活の周辺で、適当な被写体がないというわけではないけれど、どうしたって、レンズやカメラの性能を目いっぱい使ってみたくなるのは人情だ。
となると、つましい年金生活の中で、遠出する機会をどうやって増やしたらいいか、悩ましい問題が増えてしまった。

デジタル一眼レフカメラを買った~の9

まあそんなこんなで、近頃のつましい生活の中では贅沢とも言える買い物ではあったけれど、デジカメ一眼を買ったことは、日々の暮らしの楽しみを、またちょっと豊かにはしてくれたと思う。
単なる物欲に駆られての買い物ではないと、自身では納得している。
(ただしニョーボから見てどうかまでは分からない)。

デジタル一眼レフカメラを買った~の8

おかげで毎日ひまさえあれば、お向かいの門扉の向こうを窓から伺うのがクセのようになって、まるでストーカーのようだ。
まったく自分の子どもが小さかった頃だって、こんなに夢中になって撮ってあげたことなどなかったのにと、仔猫の写真に入れあげている自分が可笑しい。
(もっとも、動物好きの心理と子供に対する心理とでは、ちょっと違うのだからこの比較は公平ではない)

デジタル一眼レフカメラを買った~の7

そんなわけで、新しいカメラを手に入れて1ヶ月、野良の仔猫の写真だけで数百枚が貯まった。
なにしろ野良猫一家だから、いつもねぐらの辺りにいるわけではない。
わが家の2階のDKの窓から見下ろして、仔猫たちがお向かいの門扉の近くにいるのを見つけると、「それっ」とカメラを持って撮りに行くのだ。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

デジタル一眼レフカメラを買った~の6

いや、実はボク自身は1匹だけでも(ほんとは4匹全部)飼いたいのだが、ニョーボが絶対反対なので、そうはいかないのだ。
ニョーボだって、毎日「かわいい」と言いながら、仔猫たちを見ているのに、室内で犬猫を飼ったことがないので、どうにも心理的に受け付けないのだ。
子ども時代に犬も猫も家の中で飼っていたボクには、ニョーボの心理は理解の範囲を超えているのだが、いやだというものはしょうがない。
せっかく器量よしの仔猫たちだが、親離れして去っていくのを見送るしかないのかと思うと、なんとも残念だ。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

デジタル一眼レフカメラを買った~の5

そんなわけで250mmの望遠で仔猫たちを狙っているのだが、さすがに他人の家に向けて無遠慮にカメラを向けるのは、ためらわれる。
おまけに向かいのお宅の門のわきに、つい最近まで「かわいい子猫さしあげます」とビラが貼ってあった。
仔猫に夢中になっているところを、お向かいに見つけられたら、「そんなにかわいいのなら、飼ってあげて」と言われてしまいそうだ。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

デジタル一眼レフカメラを買った~の4

買ったからには、早いこと手になじむように、使い込んでしまいたいものだが、ちょうどおあつらえ向きの被写体が、わが家の目の前にあった。向かいのお宅の玄関先にノラ猫の母子が住み着いているのだ。
(母猫は368~370コマでおなかが大きくなってると描いた猫である)。
生まれて2ヶ月くらいだろうか、やんちゃ盛りの4匹の仔猫たちは、動きと表情があって、見ても撮っても楽しい。
仔猫のねぐらまで、ちょっと離れてはいるのだが、望遠ズームレンズを使い慣れるには、かえって具合がいい。


(→向かいのノラコたちの写真アルバムはこちらにあります

デジタル一眼レフカメラを買った~の3

値段の安さということも大きな理由だが、同時にこれ以上にグレードの高い機種は、大きくて重いのが難点だ。
手も小さいし、年々筋力の衰えている身としては、何時間も撮影していたら、手がぶるぶる震えだしそうなのは、敬遠しておいた方が、賢明であるような気がする。
かくして、テレビCMで子供が火を吹いて宣伝していたEOS Kissのユーザーの一人になったのだ。

デジタル一眼レフカメラを買った~の2

たしかに外観は、昔の”バカちょんカメラ”並みに、安っぽいとは思うのだが、カメラとしての機能と可能性は、やっぱりコンパクトデジカメの比ではない。
で、外観とネーミングが安っぽいのには目をつぶって、買ってしまった。
それも一眼レフでは入門機とされる機種だ。

デジタル一眼レフカメラを買った~の1

デジタル一眼レフカメラを買った。
このブログで「おもちゃのように安っぽい」から手が出ない(86コマ)と書いた、そのデジタル一眼レフだ。
WEBに載せる写真を撮っていくうちに、どうにもコンパクトデジカメでは満足できなくなったからだ。

サラリーマンの家計学~の19

ボクのいた会社は一応全国的に名前の知られた大企業だったから、いま問題になっている年金記録漏れの恐れは少ない。
それでも関連子会社を作ったり清算したりなんてこともしばしばやっているから、そうした現場に異動していた社員には、記録漏れの恐れが全くないとは言えないだろう。
まして転職を繰り返していたサラリーマンだったら、、、と考えると、給与明細を大切にしないサラリーマンは、自分の生活を大切にしていない人のように思えてくる。
もちろんサラリーマンの奥さんが、専業主婦だとしても、夫の給与明細を大切にしなければ、同類なのだが。

サラリーマンの家計学~の18

会社員だったころ、(家族を抱えた)同僚のデスクの引き出しの中に、給与明細の封筒が封も切られずに、ごっそりたまっているのを何度も目撃した。
大掃除や転勤で、自分の引き出しにたまった給与明細を、ゴミ箱にポイと捨てている光景も見てきた。
人事経理部門の女性に頼み込んで、ねつ造してもらった給与明細を、奥さんに渡していた社員もいた。

サラリーマンの家計学~の17

公共も家庭も、借金で首が回らなくなってから、支出内容を見直して、無駄だの不正だのと盗人だのと怒ったり、リタイア世代になってから、貯蓄が少ないだの、年金制度が悪いだのと愚痴をこぼす前に、不正な会計こそが悪の根源であることを知っておくべきだろう。
そういう意味で、わが家の明朗会計は健全家計を守ってきたと思う。

サラリーマンの家計学~の16

だからボクには「定年退職になるまで自分の家にいくらの貯金があるのか知らなかった」などという亭主族は、まったく別世界の男性にしか思えないのだ。
ところで、最近は国や自治体の財政危機のおかげで、ようやく不公正な公共支出や「予算の無駄遣い」が社会悪であるという共通認識が広まりつつある。
だがほんの数十年前までは、この国全体の共通認識では決してなかったということに、異論のある人は少ないと思う。
これって、どこか「貯金がいくらあるか知らない亭主」に似てなくもない。

サラリーマンの家計学~の15

わが家の家計に比べれば、国や自治体の会計は、この点全く不明朗不透明不公正で、実に不健全極まりないと言うべきだろう。
ボク個人の信条からいって「女房に小遣いをもらう亭主」にも「女房を食わせてやってる亭主」にもなりたくはなかったから、こういう習慣を身につけたのは、悪い事じゃなかったと思う。

サラリーマンの家計学~の14

こういう家計の管理だから、ボクの「夫の小遣い」には、仕事中の昼飯代のような「業務上必要な支出」は含まれないし(昼食代はあくまでも食費である)、ニョーボには「妻の小遣い」の予算が決められてもいる。
別にこのやり方で、わが家の財産が、よそより豊かになったわけでもなんでもないのだが、夫婦間の公平と平等を守る、という点では有効だったように思える。

サラリーマンの家計学~の13

ボクもニョーボも、金を使うのは自由だが、何にいくら使ったかは、お互いに分かるようにしてきたし、費目ごとの予算というものもあるので、そうそう無駄遣いはできない仕組みである。
毎年決算しっぱなしでは意味がないから、当然次の年の予算も立てて、予算管理をしてきた。
パソコンを使うようになってからは、次年度予算だけではなくて、長期の家計プランを作るのも簡単になったので、自分が死ぬ(!)までの長期プランを作ってもいる。

サラリーマンの家計学~の12

だからニョーボと所帯を持った時、当然のようにニョーボにも家計簿を付けることを要求し、毎月それを集計して貸借対照表と損益計算書を作成するのは、ボクの役目ということにした。
そんなわけで、わが家の財布を握っているのはボクでもニョーボでもないという状態が何十年も続いている。
言うなれば完全明朗会計の家庭である。

サラリーマンの家計学~の11

毎日の金銭出納を記録しているうちに、学生時代にかじった簿記と会計学を思い出して、毎月ごとに集計しようと思い立った。
最初のうちは、ごく大雑把に費目別に集計していただけだったが、何年か経つうちに、だんだん本気になり、きちっと複式簿記風に仕訳集計し、年末には決算をするようになっていた。

サラリーマンの家計学~の10

さて毎日の金銭出納の記録は、自分の行動記録にもなるという側面があるのだが、記録しておくだけでは十分ではない。
家計簿の権威者(と呼ぶのかどうかは知らないが)に言わせれば、家計簿は付けておくだけでも良いが、費目ごとに集計して家計の実態を知ることが大切である。
たぶん家計も企業会計も基本は同じだろう。

サラリーマンの家計学~の9

だからちょっと油断をすると、たちまち金欠病になってしまうので、会社や同僚から金を借りるなんてマネのできないボクは、自分の支出をコントロールする必要があった。
記録でも付けておかないと、ろくに自分をコントロールできない人間でもあるのだ。

サラリーマンの家計学~の8

チマチマした金銭出納を記録しはじめた理由は、給料が安かったからだ。
いや、ボクらのひと世代以上前の人たちと比べれば、安い給料とは言えないかもしれないが、高度成長の時代で、自家用車、ステレオ、カメラetcと高い消費の欲求に押し流されていたボクには、給与も賞与も十分ではなかった。
(高度成長末期で、高度消費の時代だったから、これは何もボクだけの事情ではない。)

サラリーマンの家計学~の7

これをはじめた理由は別にどうということもない。
銀行員だったボクの父親が、日々のちょっとした出来事とその時の支出を手帳にメモしておくのを、習慣にしていたからだ。
サラリーマンとして見習って損はない、と思っていた父親の真似をしただけのことだ。
残念ながら父親ほど偉くはなれなかったので、父親のメモに比べると、ボクのそれはずっとチマチマと細かくてセコイ記録にはなった。

サラリーマンの家計学~の6

サラリーマン時代を懐かしむなんていう気持ちはさらさらないが、もっと老いて昔のよき日を懐古したい日々がいよいよ来たら、なにがしかの役には立つだろう。
金銭だけのことで言えば、給与明細だけ取っておいただけでは、収入のことしか分からないのだが、支出の方は手帳に記録していった。
(このへんのことは254~260コマあたりで触れている)
この習慣はサラリーマンになった時から一年中断しただけで、今でも続いている。

サラリーマンの家計学~の5

最近になって「これがあってこそ」と思ったのが、年金加入記録問題だ。
幸いにしてと言うべきか、転職経験ゼロのボクには「年金記録漏れ」はなかったのだが、仮にあったとしたら、その時は社会保険事務所に30数年分の給与明細を持参して、「これでもか!」と担当職員に言ってみたかった。

サラリーマンの家計学~の4

給与明細を取っておくと、後になっていくつか良いことがある。
昇給昇級という会社における自分の軌跡の一つが分かるのはもちろんだ。
「サービス残業」は別だが、自分がどれだけ残業していたかも分かる。

サラリーマンの家計学~の3

サラリーマンになってからリタイアするまでの給料と賞与の支給明細を全部取っておいた。
ただ取っておくだけだと、その内ごちゃごちゃになって整理が面倒くさくなってしまうから、大学ノートとスクラップブックに貼っておいた。

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