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もったいないと言いながら~の1

それにしても、もったいないからと古いものを捨てずに使い続けたりする一方で、新しいものが欲しくなって手を出したりする中途半端な性格だから、無駄使いがなくならないと自分でも思う。
今だって、つい半年前に「もう使わないから」と古いフィルム式の一眼レフカメラを手放したばっかりなのに、写真に熱が入ってデジタル一眼レフが欲しくてたまらなくなったりしている。


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Windowsで10数年~の9

あいにくボクの漫画はアニメ系の漫画とは対極に位置するようなアナログ手法の旧式画法だ。
普通に画紙にペンと筆で描いて、スキャナーでパソコンに取り込む。
別にその方がいいと思っているわけではなく、単に昔からやってきた描き方を変えるのが面倒なだけだ。
それに今のやり方なら、20年以上前にそろえた画材がまだ使えるから捨てないですむ。


Windowsで10数年~の8

今、ホームページやブログで漫画を描いている人たちの多くは、ドローソフトを使用している。
手描きの線をまったく用いないで、完全にソフトで描画している人も多い。
だから描線も着色も実にキレイな漫画をよく見る。
まるでCGアニメをキャプチャーしてきたみたいだったりもする。


Windowsで10数年~の7

だからホームページのアクセス件数が少なくたって、それほど問題ではない。
(まったく問題にしてないといえば嘘になるが)
なぜなら自費出版なんてせいぜい数百部しか配れるものではないし、貸しギャラリーに見に来てくれる人だって所詮たいした数ではないからだ。


いちばん肝心な問題は、毎週新しい漫画のアイディアを産み出すことができるかだった。

Windowsで10数年~の6

やはり漫画を発表する場が欲しかったのだ。
いや逆に発表の場ができたので漫画を描く気になったといってよいだろう。
それまで20年近く、ろくに握ることのなかったペンを再び手にするようになったのは、ホームページあってのことだったのだ。


アマチュア漫画家が作品を出せる場など、漫画コンクールか地方紙などへの投稿か、さもなくば自費出版か貸しギャラリーぐらいしかなかったのだ。

Windowsで10数年~の5

やがて、そうした仲間が次々とホームページを作るのに刺激されて、自分でもやってみる気になった。
自分のホームページ「漫画クラブ」を作ったのは1997年のことだ。


その頃にやっていた連中の多くは、いつしかホームページをやめてしまったのだが、ボクには今にいたるまで続けるだけの動機があった。

Windowsで10数年~の4

そんな事情でパソコンのホームユーザーの道を辿りはじめたので、最初は仕事に使うスキルを理解することが中心だった。
それが一変したのはMicrosoftがWindows95をその年の11月に発売し、さらに翌年インターネット事業を手がけるようになったからだ。
初期のMicrosoftのMSNのチャットルームで自分よりもはるかに若い連中と仲良しになり、毎日のように深夜までチャットをするのが習慣になった。


毎晩のようにやっていたわりには、タイピングのほうはちっとも早くならなかった。

Windowsで10数年~の3

はじめて事業所に入れてみたIBMのノートパソコンは、まだWindows3.1だったが、EXCELもWORDも入っていて、それまでマルチプランしか知らなかった人間にとっては、もうそれだけで恐ろしく便利になったような気がしたのだった。
そんなことから、それまでパソコンに個人的な興味はあっても自宅用には二の足を踏んでいたのだが、思い切って買ってみたのだ。


Windowsで10数年~の2

それまではコンピュータ端末に使っていたのは、PC-DOSのデスクトップ。
(PC-DOSと言っても何のことか知らない人のほうが今は多いだろうが、Windowsの前のIBMのパソコンのOSはこれだった)
パソコンとしてのアプリケーションで使っていたのは、マルチプランくらいのものだった。
(マルチプランも、何だか分からないという人のほうが今は普通だろう)


Windowsで10数年~の1

最初にパソコンを買ったのは1995年のこと。
Windows95が発売されて日本のパソコン普及率が一挙に高まったその年のことだ。
会社で使っているコンピュータ端末をIBMのノートパソコンに切り替えてみたらどうか、という話が上司から提案されたことから始まった。
その頃事業所の端末のシステム担当がボクということになっていたので、Windowsなるものがどの程度便利なのかどうか、よく分からないままに社内のOA化を推進したのだった。


健康未満、不健康以外~の8

中年夫婦というものになってみると、若い頃のような甘えあいと言うかじゃれあいのようなことは、さすがにできなくなった。
だから「背筋が張って痛いから、ちょっと押して」と言うのは、ほんとに辛いときに限られるのだ。


まあ、若いときによくやっていたから、指圧くらいやってあげるのはお互いどうってことはないのだが・・・

健康未満、不健康以外~の7

今はそういうことがなくなったが、昔は夫婦で指圧をしあうということがよくあった。
それだけ仕事での疲れがあったということもあったし、若い頃だったからお互いに甘えあうというところがあったのだろう。
毎日のように指圧していると、お互いにツボのようなものが分かってくるから、まことに気持ちよかったのだが、ひとつ欠点があった。


ツボを押してもらって気持ちよくなって眠くなっても、交代して自分が押す側になると、それが醒めてしまうことだった。

健康未満、不健康以外~の6

それは毎日10時過ぎまで残業するような業務についていたせいでもある。
若い頃、会社のお偉方の訓示で「遊びで体を壊すことはないが、仕事で体を壊すことはよくある(から仕事に夢中になって健康のことを忘れるな)」と聞かされたことがあったのだが、その後そのとおりだと思うことが、他人にも自分にもしばしばあった。


健康未満、不健康以外~の5

体のあちらこちらが痛いだの具合が悪いだのと描いてきたが、腰痛だの背中痛だの痔だのは30代から始まっていたのだった。
中でも腰痛と背中痛は、所帯を持った2年後くらいから始まって今日まで続いている。
毎週末になると整体マッサージをしてもらいに行くような時期だってあった。


健康未満、不健康以外~の4

でも和式トイレだったところで便器だけ洋式に付け替えると、せまくてたまに頭を扉の取っ手にぶつけて痛い思いをすることがあるのだけは、あまりありがたくない。
身長160cmのボクでこれなのだから、長身の人はいったいどうやってあんな中で腰を下ろすことができるのだろうと思うくらいだ。


健康未満、不健康以外~の3

最近は起きてないのだが、10年くらい前には、しゃがむと両ひざが痛くなり、そのあと立ち上がるのが不自由な時期があった。
おかげで和式のトイレに入ることができなくなって、外出したときに困ることがたまにあった。
なぜ、その後この痛みが解消したのかは分からないが、洋式トイレが普及したことをこの頃ほどありがたいと思ったことはない。


健康未満、不健康以外~の2

体中のあちらこちらにボロが出てきてるのだが、ひとことで言ってしまえば「年のせい」ということになるのだろう。
若いときからどちらかと言えば虚弱だったのだから、しょうがないのだが、まああまり愉快ではない。
つい数日前だって、一人でハイキングに行き、標高差約1200mを登りきったまでは良かったのだが、なぜか頂上で休憩をとった後、ひざのお皿が痛くなって、下りではえらく苦労する羽目になった。


(2年前にも同じようにハイキングでひざを痛めたのだった)

健康未満、不健康以外~の1

今まで大腸検査、胃カメラ、超音波診断、トレッドミル、腰のMRI、あちらこちらのX線検査などを受けてきたのだけれど、痛かったり面倒くさかったりした割には、心配するほどの結果は出たことがない。
それなのに、ハイキングやサイクリングで、ちょっと負荷がかかると心臓が苦しくなることがあるし、背中や腰の(軽い)痛みと左半身の(かすかな)痺れは慢性化してる。
クスリを飲まなければすぐにコレステロール値は高くなるし、手だの足だの指だのの関節もあちこち思い出したように痛くなる。


大腸検査は痛かった~の4

心配した大腸の中は、小さなポケットがいくつか見つかっただけで、全然心配ないと言われて良かったのだが、あんな痛い思いをするくらいなら大腸検査なんか受けなきゃ良かったと思ったから、全くわれながら現金なものだ。


大腸検査に比べたら、今までに2回ほど飲んだ胃カメラのほうがずうっとましだ。
多少「ゲェッ」と言ったけど、大して苦しくなかったし、少なくとも痛くはなかった。

大腸検査は痛かった~の3

検査当日は、最初の直腸の触診からして痛かったが、妙齢の女医に肛門に指を突っ込まれるとは思わなかった。
その次に、バリュームを注入するパイプを肛門に挿されたのも苦しかったが、終わって抜くときが一番痛かった。
まるで肛門の中が裂けたのではないかと思うぐらいだった。


夜、下剤を飲んでトイレでバリウムを出したが、この時もまるで肛門に焼け火箸を突っ込まれたような感じだった。

大腸検査は痛かった~の2

(高脂血症を抑えるために)定期的に通っている病院の医師に相談してみると、「大腸のX線検査を受けたほうがいい」と言われた。
これがどんなひどい目にあうことになるのか、まだ分からなかったから、言われるままにさっそくその検査を予約したのだった。


すると、検査の3日前からの注意事項と、予め飲んでおく薬というのを渡されて、何となく不安な気分になった。

大腸検査は痛かった~の1

健康保険の任意継続という制度を利用していたおかげで、一昨年までの2年間は夫婦2人の成人病検診をわずかな費用で受けていた。
昨年からは、渋谷区の区民の誕生月検診を(無料だから)利用しているのだが、健康保険で受診できた検診に比べると検査項目は減るから、気になる部分の検査だけ、自費で追加している。


さて、そうなる前の一昨年の検診の結果で、「便潜血が認められるので精密検査を要する」と出た。

バルコニーで芋作り~の9

わが家の収穫が終わった後に、ニョーボの友人が自宅の畑で獲れたサトイモを送ってきてくれたりする。
こちらはちゃんとした畑で作られたものだから、形といい大きさといい、わが家のものとは比べ物にならない。


それにサトイモはけっこう葉茎が大きく成長して、バルコニーを占領してしまうので、今年からはもう、わが家の作付けは半分にしてしまおうかと思う。

バルコニーで芋作り~の8

プランター栽培だと、収穫したサトイモの大きさは不揃いだ。
なるべく収穫時期を遅らせても、売り物になりそうな大きさのものは少ない。
親芋は大きくても一個の半分くらいが茎の根元になっているから、食べられるのは半分くらいになる。
小さいのは「きぬかつぎ」にして食べるのにいい。


バルコニーで芋作り~の7

ヤマトイモが普通サイズのプランターでも十分な大きさに育つのに比べると、サトイモはそうはいかないようだ。
毎年、大型のプランターで育てても、子芋がざくざく収穫、という具合にはならない。
出来のほうも、天候やアブラムシの発生などが影響するらしくて、ヤマトイモよりは不安定のようだ。


バルコニーで芋作り~の6

そうして作ったとろろ汁は実にうまい。
自慢ではなく、本当にうまいのだ。
一度自分で育てて食べてみると、売り物のヤマトイモやナガイモは水っぽくて食べる気がしなくなるくらいだ。
その代わり、売り物のイモよりも手が痒くなりやすいのだが、形がめちゃくちゃでおろし金に当てるのだって、かなりやりにくいから、もう痒くなるのだけは覚悟するしかない。


バルコニーで芋作り~の5

ところで、ヤマトイモをプランターで育てると、売り物とは似ても似つかぬ姿かたちのイモが出来上がる。
スーパーの野菜売場で買って種芋にしたのは、手のひらのように平べったいイチョウイモだったのだが、収穫したイモはどれも丸っこいのが何個かくっついたような不思議な格好をしていた。
ひげのような根もかなりごっつく生えている。
おろし金でおろすと、売り物のヤマトイモよりもはるかに粘りが強い。


売り物のイモを種芋にして作ったイモなのに実に不思議だ。

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