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たまには映画でも~の7

レンタルビデオは借りない、テレビ放映はあまり見ないという割りに、映画を録画したビデオテープはそこそこ貯まっている。
DVDは102枚なのだが、8mmビデオカセットが96本あって、これがシャクのタネなのだ。
なにしろ8mmビデオという規格が廃れてしまったからだ。


おかげで今使っている8mmビデオ・デッキが故障しても、メーカーはもう修理の対応をしてないし、代わりの機械を買うことも出来ない。
今でも8mmビデオの再生機はあるにはあるのだが、チャチな割りにけっこうな値段で、おまけに注文生産品だから家電量販店の店頭には並んでいない。
だから今のDVDだって、実はあまり枚数を増やしたくないのだ。
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たまには映画でも~の6

と言ってレンタルビデオで映画を見ようとまでは思わない。
まだレンタルがVHSテープだった頃に、レンタルビデオ屋さんに行ってみたことはあるのだが、目移りがして何を選んでいいか決められず、結局店内をうろうろしただけで帰るのがオチだった。
それ以来レンタルビデオ屋さんには足が向かない。


選ぶのに迷って手ぶらで帰ってくるのならまだいいが、愚にもつかないアダルト・ビデオなんかをつい借りて帰ったりして、家族から隠れて見るのに苦労した。
どうもそんなこともレンテルビデオ屋に行きたくない理由になったようだ。

たまには映画でも~の5

結局のところ映画はテレビ放映で見るのが一番多いのだが、見たいと思うほどの映画の放映は限られている。
「寅さん」「釣りバカ」、文芸調映画、道徳的映画、ゲテ物ホラー映画は絶対に見ないから、新聞のテレビ番組欄で題名と主なキャストを見ただけで、「見ない」と決める映画が大半になる。


家で見るほうが映画館のときよりはワガママになるから、面白くもない映画で2時間前後もつぶす気にはなれない。
まして深夜放送となればなおさらだ。
まあボクの「面白い」とは、俳優に魅力があってハラハラドキドキのサスペンスがある、ということに過ぎないのだが・・・

たまには映画でも~の4

映画が好きだと言ってる割には映画館に行ってない。
去年が2回、一昨年はゼロ、3年前は2回、4年前はまたゼロで、5年前は3回だ。
理由は2つ。
最近のアクション大作のヒロインの女優が美人じゃないことと、老人優待になる60歳まであと少しの我慢という年齢になっていたことだ。


というわけで「オーシャンズ12」も「・13」も見に行かなかった、などと書くとJ.ロバーツ・ファンに怒られそうだがしょうがない。
「アクション映画に美人のヒロインなんか要らない」と言う人もいるが、男が命がけで守ろうとする女性はやっぱり飛び切りの美女でないと、お話としてさまにならない。

たまには映画でも~の3

座席の前後のピッチはたっぷりとってあるし、スクリーンは見やすいし、フード&ドリンクのカウンターはモダンで、カフェもあるし、必ず座って見られるし、いいことづくめみたいだった。
ただし、全席入替制という点だけは、昔ながらの映画好きとしては、少々不満だ。


別に通しで全部見直したいとまでは思わないが、映画のサビの部分とか、重要な伏線が張ってあると後になって気がついた箇所とかを、見直してみたいと思うことはよくある。
あまり面白くない映画だと、そんな気は起こらないのだが・・・アメリカの映画はB級作品でも、伏線の張り方などは以外に丹念に作られていたりするので、「くだらん」「つまらん」と決め付けないで見ていればけっこう楽しめるのだ。

たまには映画でも~の2

お目当てのスカラ座が閉館していたので、はじめて入ってみたのが新宿バルト9。
去年(2007年)2月にオープンしていたシネマコンプレックスで、名前のとおり中は9つに分かれている。
小さなスクリーンだったら敬遠したいところだったが、幸いにも入ったのは400席以上ある大きいシアターだった。


なんで、そんなに大きいスクリーンにこだわるかと言うと、前回書いたとおり、大活劇が好きだからだ。
ハラハラドキドキのアクションシーンをチマチマしたスクリーンで見るくらいなら、2・3年待ってテレビ放映で見るか、1年くらい待ってレンタルDVDを借りて見るかしたほうがいい。

たまには映画でも~の1

時間を自由に使えるようになったわりには好きな映画を見に行ってない。
見やすいのでお気に入りだった新宿スカラ座が、去年(2007年)2月に閉館していたのさえ気づかなかったくらいだ。
おかげで、スカラ座で見られるものと決め込んでいた映画を見るために、真夏の新宿の街をうろうろする羽目に落ちた。


団塊の世代の多くにとって、子供の頃の娯楽の王者はなんと言ってもやっぱり映画だった。
その頃の影響で、いまだに映画というとスリルとサスペンスのある大活劇が好きである。

埋まらないスケジュール

どうもボクの旧友の男どもにも困ったもので、働き者ばっかりだ。
もうたいがいにして気ままな暮らしに入ればいいのに、と思うのだが、こればっかりはボクの勝手な事情を押し付けるわけにいかないから「早いとこ仕事なんかやめて遊ぼうぜ」とは言いにくい。


こんなことを言っているが、自分だってもし(それなりの待遇で)「もっと働いてくれ」と会社から請われていたら、どうだったかわからない。
幸いにと言うべきか(不幸にしてというべきか)、ボクはそこまで偉くならなかったし、退職した会社が出した居残りの条件は、笑ってしまうくらい安い時給のパート待遇だった。

リタイア後に手帳なんて必要か~の2

手帳のスケジュールに書くべきことがない理由の一つは、ボクが人と会うのを億劫にしていることだ。
古くからの親しい友には会いたいが、他にはまったく人と集まる機会を持たない。


ところがあいにく旧友のほとんどは、まだ現役続行中なのでそうしょっちゅう集まってられない、ときた。

リタイア後に手帳なんて必要か~の1

手帳が金銭出納帳兼スケジュール表だと書いたものの、最近はスケジュールに書き込むほどのことがほとんどない。
サラリーマン時代にはスケジュール表が埋まっていないと、不安な気持ちになっていたものだった。
その点今は自由だから不安はないものの、若干さみしい気がしないでもない。


と言って、昔のようにスケジュールで縛られた生活に戻るのなんて、まっぴらごめんだ。
だいたいサラリーマン時代のスケジュールなんて、その半分は仕事の工程管理表のようなもんだったのだ。

手帳を作ってみた~の4

手帳作りでいちばん面倒だったのは、中身の印刷だった。
5枚ずつ袋とじにしたのを束ねるので、紙の両面に1年分の日付等を順に間違いなく印刷するだけの作業で、けっこう頭をひねった。
それ以外は1回試作品を作ってみて、だいたいの要領は呑み込めた。


これ以外に、実際に作る要領はもっと細かなことがいろいろあったけれど、自己流をあまり詳細に紹介してもしょうがない。
あまり器用なほうではないし、根気もないほうだが、自分の使うものを自分で作るのは楽しい。
なにより、モノを作っているときは他の余計なことを考えないで集中できるのがいいのだ。

手帳を作ってみた~の3

ことのついでに、手帳を作るのに使った材料と道具を紹介しておこう。
と言っても特別なものなんてまったくない。


パソコンとプリンタで中身の印刷をするから、簡単な材料と道具で作れる。
100%自己流でも作れるように、あまりむずかしそうなことはしない。
自分には必要のないものを省いていくと、コンパクトでスリムな手帳が出来る。

手帳を作ってみた~の2

さて、そうまでして作った手帳を、いったいどのように使っているかと言えば、これが世間で呼ばれるところの「こづかい帳」なのである。
実はサラリーマンになってから、ほとんどずーっと今日に至るまで、会社から支給された手帳はボクの金銭出納帳兼スケジュール表だったのだ。


ボクには日記を付ける習慣というものがないのだが、金を使った記録があると、何年何月何日にどこで何をしたかを思い出すことが出来るので、日記代わりになる。
ただしこづかい帳(家計簿)をつけると、それだけで節約の意識ができるという俗説はボクには当てはまらなかった。
だからボクの何十年分の金銭出納帳はまことに立派な「無駄遣いの記録」である。

手帳を作ってみた~の1

わざわざ金を払ってまでして、使いにくい手帳を1年間も我慢して使いたくなんかない。
それなら、と自分で作ってしまうことにした。
本の表装のまねごとぐらいは、中学生の頃に自己流でやっていたから、手帳を作るのくらい簡単に思えたし、手帳1冊分くらいの皮のハギレなら机の引出しにあったからだ。


皮のハギレというのはいろんな使い道があって、けっこう重宝するので買い置きしてあるのだ。
今乗っているクルマのハンドルカバーもこれで作った。
だからこれを背表紙に使って手帳を作ることを思いつくのは、ボクしてみれば極めて当然のことだった。

最後の社員手帳~の2

会社がくれた最後の手帳はニョーボにゆずって、自分用のは市販品を買いに出た。
元もと会社の手帳なんてタダでもらっていたから使っていただけのことで、使いやすいとも、便利だとも思っていたわけじゃないからだ。


別に最後の手帳だからって思い入れがあるわけじゃなし、ニョーボも毎年手帳を必要としているから、あっさりあげてしまった。
とは言え、ボクも手帳がないと困るので買いに行った。
何で困るかは後で説明しよう。

最後の社員手帳~の1

ところで退職した会社は、毎年暮れになると会社の手帳を送ってきたのだが、一昨年「2008年用から提供を中止します」と断り書きを付けて2007年用の手帳を送ってきた。
まあ、辞めちゃった社員にまで毎年タダでくれたやるのなんて経費の無駄だから、それはそれでいいのだが・・・


「去るもの、日々に疎し」といった感があるのはお互いさまだからまあいい。
タダで手帳をくれることよりも、生涯支給ということになっている退職年金を、会社が払ってくれるだけの健全経営を続けてもらうことのほうが、よっぽど大事だ。

遠くへ行きたい~の5

今はもう牙を抜かれた犬(狼と自分で言うのは気が引ける)のようなものだが、それでも鎖から解き放たれて走り回りたいという本能だけは残っている。
長いドライブ旅行に出たいというのも、そんな理由あってのことだから、走って楽しい道ならば、別に行き先はどこだっていいのだ。


どこだっていいのだが、どうせ走るのならまだ行ったことのないところがいい。
クルマで、となると今までに行ったことのあるのは東北の一部、関東、中部、近畿の一部と、狭い日本なのにその半分の県も走ったことがない。

遠くへ行きたい~の4

はじめてクルマを買ってから7年間で3台のクルマをそれぞれ3万km以上乗ったものだった。
独身じゃなくなってからは、27年間で2台をそれぞれ3間kmという具合だ。
つまりクルマで走り回ることが1/3以下に減ってしまった。


通勤には使わないから、そんなわけで今乗っているクルマは買い換えて14年以上たつが、オドメーターはまだ3万kmの半ばに過ぎない。
ろくに走らせてやらないうちに、ボディは小さな傷だらけになってるし、年相応に塗装もいたんでいるし、なんだか可哀想な気もする。
と思いつつ、やっぱりワックスもかけてやっていないのだ。

遠くへ行きたい~の3

ところでボクは28年間無事故無違反になってはいるが、根がスピード好きだから、道さえ良ければ速度制限を守ったりしないほうだ。
最初にドライブ仲間になった会社の同僚たちに、けっこうな飛ばし屋がそろっていたので、、自然にそうなっていた。


「ハンドルを握ると人が変わる」とよく言うが、ボクもその例かもしれない。
ただし、周りの人間にはボクのことを血の気の多い短気なやつとしか見えないようで、臆病な小心者だなんて思っているのは自分だけなのかもしれないが・・・

遠くへ行きたい~の2

ほんとうは暇と金がなかったわけじゃないのに、若いうちに「あてのない遠い旅」ができなかったのは、単にボクが小心者でつまらぬ常識人に過ぎないからだ。
ハンドル握ってどこまでも走ることの快さよりも、仕事と財布の中身への心配のほうがまさっていたのだ。


もちろん上の漫画は嘘で、いったんハンドルを握ったら仕事のことなんか忘れてる。
だが遠くに行こうと考えるより先に、そんな思いに囚われていたのは事実だからしょうがない。
若い頃から、遠くまでドライブしたいと思いながら、実際には週末になると釣り道具を積んで内房や外房の堤防や船宿に出かけていることが多かった。
1日か2日の解放だけでの満足を繰り返していたのだ。

遠くへ行きたい~の1

会社を辞めたらやりたいと思っていて、いまだに実行できていないのが、長いドライブ旅行だ。
時間を好きなだけ使って、アクセル踏んで、物見遊山のたびをするのが、若い頃からの夢なのだ。
だがあいにくまだニョーボにこの話は切り出せずにいる。


なぜニョーボに切り出せないかと言うと、一人で気ままな予定のない旅をしたいからだ。
何しろ結婚して以来、何日もニョーボをほったらかしにして遊び歩いた経験がないのだ。

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