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スイッチ、ポンの洗濯なら楽なものだ~の5

今全自動洗濯機を使う身になって、しみじみと感じるのは、2人きりの洗濯物の少なさと、半世紀昔に、石鹸と洗濯板で、その何倍もの量を手洗いしていた母親の苦労だ。
だから家庭電化製品の中で、洗濯機がいち早く普及したのも、今は大いにうなずけることなのだ。


「昔はそれで当たり前」との一言で片付けてしまうのは良くないと思う。
それでは「感謝」という気持ちを忘れてしまう。
何でもかんでも当たり前だと思ったら大間違いだ。
でも、そう言う自分も子供の頃は、3時になればおやつが出るのが当たり前だと思っていたには違いないが・・・
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スイッチ、ポンの洗濯なら楽なものだ~の4

下着を干す、で思い出したが、遠い昔、会社の独身寮で暮らした頃、洗濯物は自分の部屋の中に、ロープとハンガーで干していた。
それも閉め切ったままのエアコンもない部屋でだ。
若い頃はそういうことに全く無頓着だった。
当然部屋の掃除だって月に1回するかどうかという具合だった。


もちろん独身寮にだって物干し場くらいあったし、出勤前に干しておけば寮母さんが取り込んでおいてくれたのだが、実は寮母さんにパンツまで取り込んでたたんでもらうことに、いささかの抵抗を感じたのだ。

スイッチ、ポンの洗濯なら楽なものだ~の3

一時、ニョーボが「タオルくらいならともかく、奥さんの下着まで干してるのを、近所の人が見たらどう思うかしら」と、洗濯物干しの仕事をボクから取り上げてしまうことがあった。
でもそんなことをいちいち気にしていたら家事分担がややこしくなるだけだから、今はそういったことはない。


そう言えばひところ、亭主の下着は別にして洗うだの、割り箸でつまんで洗濯機に入れるだのと、家庭内のオヤジたちの疎外と孤独が騒がれたことがあったけれど、そういう疎外された親父族は、リタイア後もやっぱり下着を一緒に洗ってもらえないのだろうか。

スイッチ、ポンの洗濯なら楽なものだ~の2

リタイア生活に入って、日中に近所の音でやたらと耳についたのが「パンパン」と何かを叩く音だった。
そんなに毎日のように布団干しをする必要があるのかと思っていたのだが、自分も洗濯をするようになって、はじめてその音の正体に気がついた。


ニョーボに言われるまで、洗濯物のしわを伸ばすのに折りたたんでから叩くなんて知らなかったのだ。
それにしても、ニョーボだってパンパンやっていたのに、ご近所が布団を叩いているとしか思わなかったとは、そのぐらいニョーボの家事に関心が向いていなかったという証拠だ。

スイッチ、ポンの洗濯なら楽なものだ~の1

わが家の洗濯機は乾燥機能のついていない旧式の全自動である。
せまい家なので2階のバルコニーに野ざらしで置いてある。
物干し台が洗濯機の隣にあるから、洗い終わったものを取り出して、すぐ干せるのだけは便利なのだが、雨の日が続くときは大いに不便だ。


洗濯物を干すのは、まあ浴室などに吊るすかしてどうにかなるとして、大雨だと洗濯機を動かすまでがたいへんだ。
バルコニーに覆いをつければいいのだが、そうすると今度は部屋の日当たりが悪くなるからそうできないのだ。
密集住宅地に狭い家を建てると、どこかで我慢が必要なのだ。

いい年をして水疱瘡とは~の5

医者がOKと言うまでの2週間は、風呂には入れないし、発疹がカサブタに変わって皮膚がつっぱるしで、体中が痒くてたまらなかった。
回復に向かうとカサブタがポロポロトとれていったのだが、まるでSFクリーチャー映画のシーンを見ているみたいで、またまたわれながら気持ち悪かった。


自然に剥がれ落ちる前に、うっかり引っかいたりしてカサブタをはがすと、痕が引きつれとして残った。
そうでなくとも何箇所もシミが残って、皮膚の回復力がいかにも若かった頃に比べて衰えているのを実感し、改めて自分の「老い」を突きつけられることとなった。

いい年をして水疱瘡とは~の4

一人暮らしをしている子どもの部屋が空いているので、その部屋で2週間の隔離生活を送った。
前半は熱もあったので、パソコンいじりとテレビを見ること以外にはすることがなく、病気で入院したら体験するかもしれない日々の退屈そうな一端を家にいて味わった。


ボクはまあ退屈だけで済んだのだが、ニョーボのほうはこの間ボクが触ったあとを家中アルコールで拭いて回るわ、衣類も食器も別に洗うわで大いに面倒くさかったようだ。

いい年をして水疱瘡とは~の3

これが水疱瘡じゃなくてHIVだったら、笑って話せるどころではない。
実際、病院では「念のためにHIVの検査をします」と血を採られた。
たしかに鏡でまじまじと見てみると、何だか悪性の感染症にかかったみたいな顔で、われながら気持ち悪かった。


当然だがHIV検査の結果は(-)である。
この後2週間も家で隔離生活を送ることになったのだが、どっちにしたってとても人前に出られるような顔じゃなかった。

いい年をして水疱瘡とは~の2

感染症だから差額ベッド代の高い個室にしか入れないと言うので、通院治療を希望し、薬をもらってほうほうの体で家に帰った。
会計も薬が出るのも、いつもに比べてバカに早かったのだが、院内感染を恐れる病院が早く帰そうとしているのだろうと思った。


なにしろ生まれてから一度も入院など経験したこともないのに、ぶつぶつができたくらいで入院したら最低10日は出られないだなんて冗談じゃない。
どうせ隔離生活を送るのなら家に閉じこもってるほうがずっとましだ。
それになんたって入院代がかからないですむ。

いい年をして水疱瘡とは~の1

2007年の3月下旬、そろそろお花見に行こうかという時期に、ちょっと熱が出て体がダルイと思っていたら、朝起きてみると顔にも体にもブツブツができている。
病院に行くと皮膚科に回されて「水疱瘡」と診断され、すぐに他の外来患者から隔離された上、入院治療をすすめられてしまった。


水疱瘡なんて子供の病気だと思っていたから青天の霹靂だった。
しかも「大人がかかると危険な場合がある」と脅かされたから、危うく気が動転するところだった。
たしかに、子供の頃水疱瘡にかかったことはないと、母親に聞いていたから疑うことだけはなかったのだが、それにしても・・・

「まちづくり協議会」に参加してみた~の3

「まちづくり協議会」なんて、毎月1回の会合があるだけのことなのだが、ボクの入った部会のメンバーの人たちは「忙しい」らしくて、実によく欠席する。
なんのことはない。皆勤に近いのは「ほんじゃまあ、ちょっと」のつもりのボクだけだ。
協議会は今(2008年4月)もまだ続いている。


町会役員などやってるような人は、もう商売を子にまかせたような人が多いと思っていたから、けっこうな年寄りがいったいなんだってそう忙しいのかぜんぜん分からない。
と言って、まさか「何がそう忙しいんですか?」とは聴くわけにはいかないだろう。
ただし、会が進むにつれて途中から参加した人たちは熱心な感じだ。

「まちづくり協議会」に参加してみた~の2

丁目ごとにまとめた部会に入って、防災の町作りの議論を始めたのだが、なにしろメンバーの中心が町会のお年寄りだから、話が堂々巡りでなかなか前へ進まない。
ボクの入った部会では、結局ほとんどの内容を、区側の人たちがまとめるしかない、という感じだった。


要するに防災の町作りの協議と言ったって、燃えやすい家と狭い道路をどうにかしようというのが結論みたいなものだから、そりゃお互いの利害が絡むってのに住民同士では話が切り出しにくいってもんだ。
それにお年寄りはフットワークがそう軽くはないから、どうしたって行政を頼りにしたがる。

「まちづくり協議会」に参加してみた~の1

多少不安混じりで初めての「まちづくり協議会」の会合に出席してみると、参加者の大半はボクよりもずっと年配の人ばっかり。
しかも口ぶりでは、町会役員やその経験者が、お義理で参加してるだけという様子で、はじめっからあまり熱が入りそうにはなかった。


会社勤めで何十年もグループ討論をやってきているとは言っても、最初の内は聞き役に徹していようと思った。
なんせ町会の集まりにだって、ただの一度も顔を出したことがないのだから面識もないのに、他の年配者同士は町会などで顔なじみでいるのだ。
かつて会社でやってたみたいに、話をさっさと片付けようと討議を仕切ろうったってそうはいかない。

たまには地域住民らしく~の2

まだ元気なんだからボランティア活動の一つくらいはやってみようと思っていたら、「まちづくり協議会参加者募集!」という町内会の回覧板がまわってきた。
政府が進めている防災都市づくりの自治体の具体化策の一環で、区がボクの住んでいる町を対象に選んだらしい。


もともと自分自身が善意に満ちている人間だなんて思ってないから、あんまりボランティアなんて似合ってないような気がする。
きっと善意にあふれる人たちの中に紛れ込んだら、尻がむずむずするくらい落ち着かなくなるだろう。
だから、まあ地域活動くらいがちょうどいいかなと思ったわけだ。

たまには地域住民らしく~の1

飲料水の空き缶が道端に落ちているのが昔から気になっていたので、定年になったら空き缶拾いの街清掃でもやろうかと思っていた。
ところが最近は空き缶集めがホームレスの人たちのわずかな収入源の一つになっている知って、すっかりその気が失せてしまった。


道理で道に転がってる空き缶が以前より少なくなったはずだ。
とは言え、たまに飲みかけの缶だのビンだのが、ご丁寧に塀の上に置かれていたりすることに変わりはない。
それにしても、ホームレスの人が自転車や手押し車などの道具を、いったいどこで手に入れているのだろうと、いつも不思議に思ってしまう。

たかがゴミ出しなんだけど~の2

アパートのゴミ置き場にあった不法投棄らしいテレビが、いつの間にかなくなって、やれやれと思っていたら、今度は古びたステレオコンポが捨てられていた。
畳半分ほどのゴミ置き場でこれだから、もし隣が広い空き地だったりしたら、きっと年がら年中不法ゴミに腹を立てていなければならないことだろう。


日頃近隣を歩き回っていると、不法投棄らしい電気製品をよく見かける。
よくしたもので、ホームレスの人たちがこうした路傍の電気製品などを回収して廃品回収業者に売ったりしているらしい。
だから放っておけばいずれ無くなるだろうが、それまで目障りには違いない。

たかがゴミ出しなんだけど~の1

東京のような過密都市では、長年一軒家に住んでいる人間が近隣のアパートやマンションの住民を毛嫌いする例がよくあるらしい。
まあ住民として守って欲しいマナーやルールを無視されることが多ければ、そうなってしまうのかもしれないが、ニョーボもその一人だから、ヤッカイだ。


「たかがゴミ出しぐらいのことで怒りなさんな」なんていうのは禁物である。
かえって火に油を注ぐようなものだ。
特にアパートの若い一人暮らしの住民とは日頃の交流がないものだから、こんなことになってしまうのだ。
まあ顔を合わせて挨拶するのがイヤで、人の視線を避けるような相手では、付き合いようもないのだが・・・
実は相手にしてみれば、自分の顔をじろじろ見る不愉快な視線に思えているのかもしれない。

最近の音楽は新鮮味がない~の2

こんなことを言うと若い世代から猛反発されそうだが、最近のストリートミュージシャン上がりみたいなグループの歌なんて、古臭くって聴けたもんじゃない。
洋楽邦楽問わず、ラップだのjヒップホップ系音楽だのも、いい加減マンネリ化して退屈そのものになってるから「もうカンベンしてくれよ」って感じだ。


コブ○○だのレミオ○○○だのって、お笑いグループみたいな名前の連中の曲や、洋楽のTOP40なんて聴いても退屈なだけだ。
早く音楽のトレンドが変わってくれないと、いつまでたっても20年前30年前のLPやCDの曲を聴き続けなければならない。

最近の音楽は新鮮味がない~の1

i Podやケータイの着ウタフルのおかげで、音楽の携帯性はますます高められているようだ。
だが最近の新しい音楽で「これはいい」と思えるものはほとんどなくなった。
半世紀も音楽好き人間を続けていると、何を聴いても耳新しいとは感じなくなっているせいだろうか。


これは音楽好きとしては大いに不幸なことには違いないが、いったい耳新しさを感じないのは、自分の感性がもう固着してしまったからなのだろうか。
もしそうではなくて、ほんとうにもう文化としての音楽に新しいものなどがなくなっているのだとしたら、これはもう文化の退廃そのものだから、もっと大いなる不幸には違いない。

ヘッドホンステレオのある暮らし~の2

SONYのウォークマンが普及し始めたばかりの頃は、ヘッドフォンステレオ愛用者はずいぶんと新聞の投書などで叩かれたり、電車の中で白い目で見られたりもしたが、今はまともな市民権を得ている。
だから中年オヤジが音楽を聴きながら街なかを闊歩していても、珍しがられることもない、実によい時代になった。


電車の騒音のほうがヘッドフォンから洩れる音よりもはるかに大きいのに、ヘッドフォンステレオを迷惑がるというのもちょっと不可解な話だ。
人間の耳は騒音の中から自分の聴こうと思う音をえり分ける「カクテルパーティー効果」と呼ばれる能力があると言うから、それによるものだろうが、不愉快な音と思うほど耳をそばだててしまうという心理は分からなくもない。
聞きたくもないような会話を、無意識の内に聞き取っていることは、ボクにだってよくあるからだ。

ヘッドホンステレオのある暮らし~の1

ボクはかなりの音楽好きのほうだろう。
ファンやマニアという部類には入らないだろうが、終日まったく音楽を聴かずにいることはまずないと言ってよい。
サラリーマン時代の通勤時はもちろん、今でも一人で外出するときの大半はヘッドフォンステレオを持ち歩いている。


ソニーの初代ウォークマン(1979年発売)からのヘッドホンステレオの愛用者だ。
記録媒体もカセットテープからMD、ハードディスクと来て、今はメモリーオーディオを使用している。
これのおかげで、通勤という不毛の時間がずいぶん救われたと思っている。

シティーサイクリングの楽しみ~の5

ニョーボにも都心サイクリングを誘うのだが、自分の自転車はママチャリでおしゃれじゃないからイヤだと言う。
なに、こっちだってネット通販で買った12,810円也の中国製の安物なのだが、前後サスペンション付でMTBもどきの外観をしているだけのことだ。


そのいかにもママチャリ臭いシルバー塗装の自転車を選んだのはニョーボ自身だ。
そう言うボクのMTBもどきだって、うっかりブリティッシュグリーンなんか選んだら写真と実物とは大違いで、軍用払い下げ品みたいなビンボーったらしい色で大いに後悔した。
カタログ写真だけで見れば、ブリティッシュグリーンはいかにも渋くって良さそうな感じがするのだ。

シティーサイクリングの楽しみ~の4

せいぜい2時間くらいしか走り続けられないとなると、サイクリングで山だの海だのまで行けない。
それで走って楽しい道を選ぶとなれば、皇居の周りや表参道~南青山、元赤坂といった都心のど真ん中を走ることが多くなってしまう。


皇居一周、元赤坂(赤坂御料地・迎賓館)一周はどちらも塀の内側に緑がたっぷりあるし、長い上り下りもあるから、都心の中では気分良く適当に運動のできるコースだと思う。
それに周回コースなのでほとんど交差点がないから安全でもある。

シティーサイクリングの楽しみ~の3

自転車は平地を走っている分には、さほどエネルギーを使わないから、運動のためとなると、上り坂を走るか、長距離を走る必要がある。
ところがあいにくボクはものの2時間も走っていると、お尻が痛くなってくるので、エネルギーの続く限り走るということが、なかなかできないでいる。


ただし、これは痔の話ではない。
自転車のサドルに当たる尻の肉が薄いので、走行中の上下動がもろに骨に響くのが良ろしくないのだ。
だからサイクリングツアーを若い頃から夢見ていたのだが、夢のままで終わりそうだ。

シティーサイクリングの楽しみ~の2

サイクリングのほうが、遠くまで足を延ばせる分だけ、ウォーキングよりも新しい発見が多くて楽しい。
欠点と言えば、気なる店が目に入っても、そのたびに走行をストップしなければ、ちょっと店の中を伺うのもできないことだ。


なんでもそうだと思うが、行動半径が広いほうが人間は面白い体験ができるようだ。
もちろんこれは物理的な行動半径に限ったことではないから、その意味では今までずいぶん損をしてきたように思う。

シティーサイクリングの楽しみ~の1

そう言えば、この年の7月にウォーキングじゃなくてサイクリングで、家から数キロの辺りを走り回っていたときに、偶然、麻生太郎邸を見つけた。
さすがに麻生財閥の御曹司だけのことはあって、古いが堂々たる洋館が、高級邸宅街の一角に、でーんと構えていた。


その後、ウォーキングでニョーボとわざわざ麻生邸を見物に行ったりした。
それから2ヶ月もたたないうちに、安倍首相辞任となり麻生邸の主が後釜になるかと思いきや、急転直下の舞台展開となって、ほんとに大事件を身近に感じることになった。

歩くだけではつまらない~の4

ウォーキング中にホームレスの建てた小屋を何軒も見た。
多摩川の河川敷には、背の高い茂みや小さな林があるので、誰はばかることもないというわけか、かなり立派な構えをした小屋も立っていて感心させられたのだが・・・


会社を辞めてはや数年、いたって平穏なリタイア生活を送っているのだが、社会的な大事件は意外と身近なところで起きている。
家でブラブラしているだけの毎日だったら、こういう偶然を感じることもないのだろうが・・・

歩くだけではつまらない~の3

というわけで多摩川中流のウォーキングに出かけたのは9月1日のこと。
川を挟んで建物が立ち並んでいるとは言え、調布~府中あたりの多摩川は、川幅もそこそこ広いので、たっぷりとした開放感を楽しむことができる。
川沿いを主に約9km歩き回って帰った。


適当に見当をつけて、目的地に近い駅に降りたら、あとはポケット版の地図を見ながらスタコラ歩くわけだ。
さすがに多摩川の河川敷ともなると、平日でもウォーキングやサイクリングをしている人たちはけっこう多い。

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