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花粉症にはまいった・・・の2

今思い返しても、初めて発症した年の症状が、一番ひどかったのだが、運が悪いことに、ちょうどこの時期に父親が100日あまりの入院生活の後に亡くなった。
おかげで悲しみにくれるはずの葬式の間、鼻水鼻づまりをこらえるという、何ともしまりのない有様だった。


おまけに、毎晩鼻づまりで寝不足になるものだから、日中ボーっとしていることが多くなり、3ヶ月で十数万円也の新幹線定期券をバスで居眠りして落っことし、自腹を切るという始末だった。
まだ2ヶ月以上通用期間を残していたので大損だった。
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花粉症にはまいった・・・の1

地方勤務の間に、うつ症状はさらに改善されたものの、今度は花粉症という厄介者をしょいこんでしまった。
群馬県はスギ花粉の飛散量がかなり多いのだ。
転勤して2度目の春に突然発症したのだが、そんな年(当時40歳)にもなって、かかるような病気だとは思ってもみなかった。


苦しんでいるときに、もっとひどい症状の人の話を聞いても何の慰めにもならない。
とにかく屋外ではマスクが必需品だったし、社内にいても、営業の社員が外出から帰ると、彼らにまつわりついてきた花粉のせいで、たちまちくしゃみを連発するという状態だった。

うつ、だった・・・の5

2ヶ月も休んで職場に戻ってから、ようやく体調も仕事のほうも具合が良くなったと思った頃、群馬県の事業所に転勤させられた。
職場の上司も、うつ状態のままで社員を異動させるわけにはいかないから、ボクの回復を待っていたのだろう。


今となっては上司の腹の内など知るよしもないが、このときは「そんなに厄介者だと思っていたのか」と、地方勤務になったことに腹を立てた。
しかし社内には、「家を新築すると地方に転勤する」というジンクスがあるのも事実だった。
その後、これはジンクスなどではなくて、多くの企業で見られる現象だということが分かった。

うつ、だった・・・の4

ボクがうつに陥ったのは、会社が立ち上げた新規事業の担当として本社勤務をしていた時だった。
発症してから2年後には、かなり症状が軽くなって安定したのだが、わが家を新築したら、その3ヵ月後に再び症状が重くなったために、2ヶ月も自宅療養する羽目になった。


うつの引き金になることとして、組織内での昇進、重大な仕事の担当、責任の重圧などの他に、家の新築という例もよくあると、後に新聞の特集記事で知った。
さらにその後、新築した家の建材等に含まれている化学物質による「シックハウス症候群」の中に、うつ症状もあることを知った。

うつ、だった・・・の3

ブログを始めて知ったのは、「うつ」状態の人や、「うつ」経験者のブログとかSNSメンバーが、けっこう多いということだ。
ひと口に「うつ」と言っても、人によって程度も症状も全く異なるし、人生に関わる病でもあるから、うかつなことは言えないが、「うつ」について周囲の人が正しく理解していることが、うつの人を救う力になるとだけは言えるだろう。


その後、職場の同僚がうつに悩まされているケースに何回か出会った。
上司や周囲から勧められないと、自分から精神科医に相談しない人も多いらしい。
新聞などでは「サ­ラリーマンの心の病」についての記事があるのだが、紹介されているケースによく当てはまる例も実際に見たし、自分自身もそうだった。

うつ、だった・・・の2

うつ症状の大半から解放されて、もう何年もたっているのだが、睡眠剤以外にいまだに抗打つ剤を1種類だけ服用している。
と言うのは、このクスリ、以前紹介した背中の痛みを消してくれるのだ。
やめたり飲んだりを繰り返して、確かめてみたのだが、このクスリに鎮痛効果があることが分かった。


さて、肝心のうつのほうは、何年も治療して回復したと思っていても、何かを引きがねにして再発しないとも限らない。
そんな考えもあって、いまだに同じ病院の精神科に年に何回か通っている。

うつ、だった・・・の1

3番目につきあいの長いのが、「うつ」とその後遺症と言えそうな睡眠障害だ。
「うつ」の話は、さすがに自嘲・後悔するべきことも、仕事や人への恨み言も抜きにしては語れないことなので、あまり触れたくはない。
こうして元気でリタイア生活までたどり着いただけでも、幸いとしなければならないだろう。


ボクのいた会社そのものは、社員の心身の健­康管理に理解のあるほうだったけれど、そうは言っても周りに迷惑をかけていると思うと肩身が狭かった。

痔も持病のひとつ・・・の7

その後もボクのイボは、時おりちょっと顔を出しては人をおちょくるようにいたぶって、また引っ込むという悪さをしているが、幸い大事には至っていない。
とは言え、会社の海外研修旅行でアメリカに向かうジャンボ機内で出たときには、かなり焦った。


ちょっと出たくらいなら、自分で押し込んでおいて安静にしていればどうにかなる場合が多い。
この旅行のときも、ジャンボ機のトイレで押し込んでからおとなしくしていた。

痔も持病のひとつ・・・の6

何とか2・3ヶ月でこのときのイボは引っ込んでくれたものの、痔はほっとくと何度でも再発するものと知った。
30代半ばにして「大痔主」になんかなりたくはなかったから、その後は「肛門体操」をしたり、毎日規則正しく排便する習慣をつけたりして、再発防止に努めた。


急に生活態度を改めたわけではないけれど、深夜の深酒や麻雀はだんだんと控えるようになった。
たかがイボ痔で好きなものを、そう簡単にやめられるわけがない。

痔も持病のひとつ・・・の5

痛い思いをして切除したイボ痔は、その後たったの3ヶ月で再発した。
出るたびに切られるのもかなわないので、別の病院に行ったら、投薬で治療できると言われて、大いに安心した。
その代わり診療のたびに、妊婦みたいな格好で診られては軟膏を注入されるのに閉口した。


幸い看護婦がかなりの年配者だったからいいようなものの、妙齢の看護婦だったら相当恥ずかしかっただろう。
今だったら、どうってことはないだろうが、この頃はまだ若かったし・・・

痔も持病のひとつ・・・の4

結局、このときのイボ痔は切って血を抜くだけでは収まらず、2週後に「やっぱり切除する以外にないね」と言われて、ちょん切られてしまった。
そのときも会社をちょっと抜け出ただけだったので、また上司が「よくそれで仕事ができるな」と呆れ顔になった。


こういうことを書くと、さも仕事熱心な人間だったように思われそうだが、風邪で発熱したり、二日酔いになったりしたときのほうが、よっぽど辛抱できずに会社をあっさり休んでいた軟弱人間だ。

痔も持病のひとつ・・・の3

そのまま会社に歩いて戻ったのだが、麻酔が切れて知りに焼け火箸を突っ込まれたように痛む。
10歩くらい進んでは息を整えて痛みをしずめてはまた歩くという有様だった。
職場に戻って上司に「痔にメスを入れられました」と報告したら、「それでよく会社に帰ってきたな」と言われてしまった。


「痔を切ると痛い」というのは、割りに誰にでも知られていたから、会社の人たちも驚いていたようだった。
痛みもさることながら、かなり出血していて、「丁字帯」とか言う越中ふんどしみたいなやつで押さえていたガーゼが、日の丸みたいに染まっていた。

痔も持病のひとつ・・・の2

休み明けの日に会社をちょっと抜け出して、肛門科に行った。
すると医者に「これは切って血を出さないとダメ。今切りましょう」と否やもなく手術台に連れて行かれて、プッツリとイボにメスを入れられてしまった。


この時は切ると言っても「切除」ではなく「切開」だったのだが、どっちにしたって切られれば痛い。
それにこの医者というのが、どう見ても70過ぎの年寄りの医者だったから、余計に不安になった。

痔も持病のひとつ・・・の1

2番目に古い持病がイボ痔だ。
最近はほとんど出なくなったコイツは、20数年前に会社の仲間と泊まりでイナダ釣りに出かけたときのお土産だ。
前夜にみんなでワイワイ深酒をやって、寝不足で船に乗り、半日海風で下半身を冷やしたら、一発で立派なイボが出た。


元もとそのけがあったけど、痛んだり、完全なイボが出てきたりしなかっただけのことだった。
若かったから、まさか自分が「痔主」になるとは思っていなかったのだ。

持病くらいはあるさ・・・の8

不思議なもので、アルバイトで肉体労働をしていた頃は、腰痛は気になるほどのものではなかった。
働くのをやめてしばらくすると、毎朝起きるときに腰がギクシャクするようになった。
横向きに寝るとそれほどでもないので、仕方がないから「抱き枕」なるものを使用している。


せっかく買った抱き枕だが、目が覚めたときには背中のほうに回っていたりして、今のところ、腰痛に対しての効果のほどはあまり実感するところまで行っていない。

持病くらいはあるさ・・・の7

こうして腰痛は良くなっては転勤して仕事が忙しくなるとまた悪くなってを、何度も繰り返してきた。
MRI検査で脊柱管狭窄(みのもんたが手術を受けたのと同じ)だと分かったのは、ほんの数年前のことだ。


転勤するたびに新しい医者にかかっていたので、そのたびにレントゲンを撮られては「腰の辺りで脊椎がほんの少しだけずれている」と言われていたのだが、結局ほんとうの腰痛の原因は脊柱管狭窄だったのだろうか。
医者も20年も昔のことまで辿って診断は下せないから分からない。
「もっと症状が悪くなるようだったら手術するしかない」と言われたけれど、とりあえず原因が分かっただけでなぜか安心した。

持病くらいはあるさ・・・の6

痛みが強いときにはブロック注射とか言って、神経節を麻酔薬で麻痺させて痛みを消すという方法をとってもらった。
しかし脊椎にプッスリと注射針を打ち込まれるのは、あんまり気持のよいものではない。
それにこの注射自体がかなり痛かった。


痛い注射だったけど、効果は確かにあって、何日かは痛みが消えてくれた。
とにかくこの医院に通っている間に、いったん腰の具合は良くなった。

持病くらいはあるさ・・・の5

要するに元もと具合が悪かったけど、今まで症状に出なかったということらしかった。
それで週に2・3回腰を牽引してもらいに通うことになった。
この牽引ベッドというのが、実に気持ちよくて、しばしばこの時間はまどろみのひとときになった。


背骨を引っ張ってまっすぐに伸ばそうというわけだが、ちょっと見ると拷問の器械みたいだった。
週に2・3回も通えたのは会社の近くにこの医院があって、午後1時間くらい仕事を抜ける程度の暇もあったからだ。

持病くらいはあるさ・・・の4

持病の中で一番つきあいの長いのが腰痛だ。
20数年前、39℃の熱を出した風邪が治ったその日から、腰と背中に猛烈なハリと痛みが出てきた。
整形外科で診てもらうと、レントゲンで脊椎の一部がほんの少しずれているのが見えるといわれた。


「疲れがたまったりすると痛むようになる」という話だったが、このときは風邪で高熱を出したのが引き金になったようだ。
元もと発熱には弱くて、38℃以上になろうものなら、体中の節々が痛くなるのだった。

持病くらいはあるさ・・・の3

最近はあまり症状が出ないが、痔と異型狭心症と五十肩とひざの関節炎にも、悩まされていたことがある。
胃カメラも2回飲んだし、大腸のX線検査とか、腰のMRI検査も受けているから、酒の席で病気が話題になっても、まったく困ることがないくらいだ。


だいたい、体のどこかが具合悪いと、あまり我慢しないでさっさと病院に診てもらいに行くほうなのだ。

持病くらいはあるさ・・・の2

別に自慢したくて病気を抱えているわけではないが、今でも病院で薬を出してもらっているのは、腰痛、背痛、高脂血症、花粉症といったところだ。
これ以外に、20年以上前に陥ったうつ病の後遺症で睡眠が不安定なので、睡眠剤ももらっている。


今すぐ命に関わる病気ではないが、そうは言っても毎日薬を飲んでいるのは、いかにも不健康っぽくて楽しくはない。
花粉症のクスリは冬の間だけだし、腰痛の薬は痛む時だけしか飲まないから、常時飲んでいるのはそう何種類もないのだが。

持病くらいはあるさ・・・の1

サラリーマンを何十年もやっていた人間なら、持病のひとつやふたつあるのが当たり前。
健康であることよりも、病気の多いことのほうが自慢になる、とまで言ったら言い過ぎだが、病気持ち同士のほうが話が合うこともある。


その逆に、サラリーマン同士で、あんまり自分が健康であることをしゃべりすぎると、いやみに聞こえる場合もある。
若いもの同士ならそれでもいいが、相手が壮年期以上の場合には気をつけよう。
それはともかく、病気もせず、よく働きよく遊んでいることを自慢していた仲間が、心臓の手術をしたり突然死したりした例を、ボクは知っているから、健康に過信は禁物だと思う。

アルバイトで働くのを断念するの3

結局ボクのアルバイトは、収入面ではほんの小遣い稼ぎにもならないうちに終わってしまった。
まあ手指の関節炎がもっとひどくならないとも限らないのだから、しょうがない。
しかし「しょうがない」で働くことをやめられるとは、なんとお気楽なご身分であることよ。


余裕があると言えるんだか、世間の誰からも働き手として必要とされていないわが身を自嘲するべきなんだか、どっちだかわからないが、とにかくまた、毎朝起きる時間を気にしないで済む生活に戻ってしまった。

アルバイトで働くのを断念するの2

力を入れたり衝撃を与えたりするたびに痛むのでは、仕事を続けるのが心配だ。
整形外科で診てもらったら、変形性の関節炎で、治療法はない、と言われた。
痛みがなくなるまで、一時アルバイトをやめることにしたのだが、結局半年以上たっても痛みは消えず、派遣会社の登録も取り消すことになった。


変形性関節炎は、既に数年前ひざが傷んだときにも言われたが、老人性の病だから痛みや腫れを抑えるぐらいのことしかできないらしい。
それにしても「普通は女性に多いんですけどね」なんて医者に言われたって、「は~そうですか」としか言いようがない。
まったく何のつもりで余計なひとことを付け加えるんだか、、、

アルバイトで働くのを断念するの1

週2日のマイペースでやっていたアルバイトだったが、やめざるを得ないときはすぐに来た。
前に描いたのとはまた別のオフィス用品の物流センターに毎週のように派遣されていたのだが、シューターから流れる荷物を配送トラック別のボックスに仕分けする仕事をしているうちに、手指が痛むようになったのだ。


このときはまだアルバイトをすぐやめるつもりではなく、お歳暮でハードワークになりそうな間だけは休もう、という程度の気持ちだった。

登録型アルバイト体験の37

さて以前にも書いた派遣会社によるアルバイト代のピンハネは、現金払いの場合だけだったのだが、たとえ1回200円を差し引かれても、現金がすぐに欲しいという人は多かった。
ホテル清掃のときも、他のメンバーは仕事帰りにバイト代を毎日受け取りに、会社に寄っていったりしていた。


ホテルの清掃などにレギュラーで派遣されていると、たとえ安い賃金でも気楽になれるのだろうか。
このホテルの仲間たちは仕事帰りの顔がけっこう楽しそうだった。
もっともメンバーの大半がオバサンたちだったからそのせいかもしれない。

登録型アルバイト体験の36

ベッドメイキング、アメニティーグッズやタオル類の補充は、また別の係りがする。
ベッドメイキングの係りには中国や東南アジア系の女性がいて、外国人労働者の職種拡大の一端を見る思いだった。
それにしても何百もの客室の用意を、おおよそ10時~16時でよく終わらせられるものだと思った。


ルームメイキング中は各フロアに部屋別の作業チェック表が置かれていて、それを見ながら済んでいない部屋を片っ端からやっていくようだった。
毎日、部屋の稼動状況も変わるし、従事する作業員の顔ぶれも人数も固定しているわけではなさそうだから、繁忙期はけっこうやりくりが大変そうに思えた。

登録型アルバイト体験の35

部屋備え付けのコップ、茶碗、スプーンなどは、洗面台で洗って清掃用のタオルで拭いて元どおりに並べておく。
食器用洗剤は持たされてないから、素手で温水を使って洗うしかない。
このホテルではコップなどに「消毒済み」という紙を巻いてなかったが、その点では正直だというべきかも知れない。


この派遣先のホテルはビジネスホテルなどではない、世界数十カ国に広がるれっきとした外資系のホテルだ、ということぐらいは断わっておいても良さそうな気がする。
さてそうなると一般的なホテルで「消毒済」との紙を巻いてあるコップ類は、いったいどんな消毒をしてあるのか、かえって気になってきた。

登録型アルバイト体験の34

バスタブや水周りの床のような広い面積を拭くときは、その部屋の客用のタオル類を使ってしまう。
全部まとめてリネン室で洗濯乾燥してしまうから、衛生上は問題ないのだろうが、神経質な人がこれを知ったら、ホテルのタオルやガウンを使いたくなるかもしれない。


あくまでもボクが派遣されたのは、一つのホテルで2日間だけのことだから、これがどこのホテルでも普通に行なわれていることだ、などと言うつもりはない。
こういうやり方をしている所もある、というだけのことに過ぎない。

登録型アルバイト体験の33

トイレ、バス、洗面台(と部屋によってはバスとは別のシャワールーム)といった水周りを、洗剤スプレーとスポンジとタオルとで拭き掃除する。
スポンジはいちおう大小の区別があって、便器とそれ以外とでは使い分けていたのだが、同じポリバケツに入れて持ち歩いていた。


いくら派遣のアルバイトとは言え、就業中のことについては「守秘義務」を遵守しなければならないから、明らかな法令違反でない限り、具体的な企業名を明らかにして、こうした暴露的なことを書くことはできない。
その辺は、サラリーマンであったときも今も変わることはない。

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