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ヨーグルト作りの1

手作り食品では、ヨーグルトも作っている。
タネ菌には市販のプレーンヨーグルト500gパックで、1回につき1/4ぐらいを、牛乳1リットルに使う。
ヨーグルト1パックと牛乳4パックで、ヨーグルト8パック分が出来る計算になるから、これは味噌と違って断然経済的だ。


リタイアする前はニョーボが作っていたが、今は担当を交代したというわけだ。

もともとこのヨーグルト作りはボクが新聞で見つけて始めたからでもあるが。
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味噌作りの5

味噌作りそのものの要領はむずかしくはない。
(そもそもむずかしければボクがやるはずがない)
料理教室で販売している米こうじ以外の材料は、近所でも買える大豆と塩だけあればいい。
もっとも、作り方は相変わらず教本だよりだ。


もっと、本格的にやるとなると、仕込む回数か1回に仕込む量を増やすことになり、カメの数も増やさなければならない。
あいにく、わが家にはそれを置いておくだけのスペースがないから、味噌ガメは2個どまりである。

味噌作りの4

そんな調子だから、ドライブに出かけたときに、漬物用のカメで値段の割りによさそうなのを見つけると、味噌の仕込みの1回分がどれぐらいだったか、確かめもせずに買ってしまったりするのだ。


瀬戸物のカメは見かけほどには入らない、と言ってもただの言い訳にしかならない。
とにかく、この前の味噌の仕込みに使ったプラスチックの漬物樽と、ガサの上ではたいして変らないように見えたから、買ってしまったのだ。

味噌作りの3

それはともかく、初めて作った味噌はいちおうの出来だったので、つい嬉しくなってもっと熟成を待つほうが味が良くなるのに、さっさと姉やニョーボの実家に「食べてみて」と持って行ったりした。
(文字どおりの手前味噌だ)


今まで(※)に仕込んだのはまだ6回だけど、同じ原料を同じ分量で仕込んでも、仕込みの時季と熟成期間とで、随分できに差があるらしいということだけは分かった。

※ 2006年の1月から2008年の1月まで

味噌作りの2

料理は外で食べるより、自分で作ったほうが安上がりの場合が多いから、そこそこの味で満足できるが、手作り食品となると、商品としてスーパーなどに並んでいるもののほうが断然安いのが普通だから、その辺はビミョーだ。


スーパーのチラシの目玉商品になっているときだけを狙って買うと、味噌はホントに安い。

味噌作りの1

料理以外に味噌作りもやっている。
料理と違って、仕込んだ結果の出来具合が分かるまで、何ヶ月もかかるのが、また楽しいのだ。
(やわらかく水煮にした大豆をマッシャーでしっかりとつぶすのはけっこう疲れる)


味噌はサラリーマンをやめたら作ってみようと以前から考えていた。
理由は特にない。
だいたい生活行為や趣味に、いちいち理由だの動機だのを求めるのは野暮というものだ。

料理教室に通うの8

今のところ自信作はホウレンソウカレーただ1品。
と言ってもこれは料理教室でおぼえたのではなく、ネットで検索して見つけたレシピを自分流にアレンジしたものだ。


(このホウレンソウカレーはニョーボが実家に持って行ったくらいだから、たぶんホントにうまくできているんだと思う)
料理教室に通いはじめて2年近く(※)なった。
いまだに毎回レシピを見ながらでないと、何も作れずにいる。

※ 2008年4月現在で

料理教室に通うの7

問題は習ったことを家でも実践できるか、なのだが、いちおう時々夕食を作ってみる。
ニョーボは「うんおいしい」と言ってくれるが、「ほめて伸ばす」というつもりなのだろうと思うから、ほんとうに旨いのかどうか、よく分からない。


ほんとに時どきしか作っていないから、まだニョーボを助けるところまでは行ってない。
そう言えばニョーボは子育てに関しても、子どもの作ったものをほめることが多かったし、どうにもほめようのないヘンチクリンなものを作っても、くさすことだけはなかった。
どうやら料理についてはニョーボから子どもと同じように見られているように思える。

料理教室に通うの6

料理初心者と言っても、日ごろ家でも家事に協力していそうな人は、作るだけじゃなくて、洗ったり片付けたりもテキパキやるようだ。
だから食べ終わってからの後片付けもけっこう早い。
こんなとき4人でいちいち役割を決めなくとも、なんとなくそうなるのが日本人らしいところだ。


料理教室でイヤな経験をしたという話を聞くと、グループで実習しているのに、他のメンバーに関係なく自分のやりたいことを勝手にやってしまう人がいるらしい。
女性同士ではありがちかもしれないと想像するが、ボクが入っているグループは男性ばかりでもあるし、そんなことはなかった。
最初の1年間の基本の洋食中華のコースが終わると、今度は基本の和食のコースを申し込んで、また1年間続けることにした。

料理教室に通うの5

実習で作り終えると、さっそく皆でこれを食べるのだが、講師が作ったものも、味の比較のために配られてきたりする。
やっぱり講師のはうまいと言う人もいれば、大して変わらないと言う人もいるのだが、正直言うと味オンチなのでよくわからない。


味オンチなので「たいへんおいしいもの」と「たいへんまずいもの」以外の区別はあまり付けられない。
だから家でも外でもめったに「おいしい」と言ったことがない。(この点はニョーボによく怒られた)
ちょっとした味の差が分かる人が非常に羨ましいし、何を食べても「うまい」と言える人はまして羨ましい。

料理教室に通うの4

そう言う自分だって、配られたレシピとメモ書きを見ながらでないと、先に進めなかったり間違えたりするのだから、あまり人のことをどうのこうのと言えたものではない。
一度見聞きしただけでは、憶えられないというだけではなく、確かめないと不安なのだ。


配られたレシピを読んで講師の説明を聞いて実演を見て自分で実習をしてみると、見聞きしたことのかなりの部分が頭に入っていないことに気がつく。
そんなとき、やっぱりサラリーマンをリタイアしたのは間違いではなかったと思ってしまう。
実務能力の衰えを感じながら、ベテラン社員先輩社員づらして偉そうに働くのは我ながら気が引けるものがあったが、周りは自分より若い社員だらけだから、どうしたってベテランづらしてしまいがちだったのだ。

料理教室に通うの3

最初に講師の説明つき実演を見てから実習するのだから、あまりむずかしいことではなさそうに思うのだが、講師の話を全く記憶していないような人も中にはいたりする。
(わき見をしていると、自分の手元があぶないから、そうそう人のことなんかかまっていられない)


ただし、講師の説明を聴いているかいないかは、料理を学ぶことに対しての熱意とは、あまり関係がなさそうだ。

料理教室に通うの2

最初は無難なところで男性だけのクラスに申し込んでみた。
4人1組でいちおう固定メンバーなのだが、他の3人は都合でちょくちょく他のクラスに出席し、代わりに他のクラスから臨時の出席者が入ったりしていた。
ときどきメンバーが3人になったりすると、やることが増えるから、当然忙しくなる。


それがいいのか悪いのかは分からないが、同じテーブルのメンバー同士で余計なおしゃべりはほとんど無し、料理を作って食べて片付けると皆そそくさと帰る。
かえって余計な気遣いがいらないから気が楽だ。

料理教室に通うの1

登録型アルバイトと前後して、月1回の料理教室に通いはじめた。
動機はと言えば、自分の食べたいものぐらい自分で作れるようになりたいという単純なものだ。


月に1回、教室に行くだけで、料理ができるようになるわけはない。
さりとて1からニョーボに教わるというのも抵抗がある。

Javaプログラミングの勉強の5

3ヶ月の受講が終わっても、ハローワークの求人にプログラミング技術で応募する自信(というか図々しさ)は全然できなかったから、結局この職業訓練は、再就職のためというより、個人的な趣味のためのものになってしまった。
せっかく勉強したJavaやJSPだが、その後全然独習していないので、すっかり元に戻ってしまった。

ものになるまではなんでも継続しなければダメだが、まったく根気がないと言うか、移り気と言うか・・・

Javaプログラミングの勉強の4

教室の中で女性たちはいくつかの昼食グループを作り、男性の一部は飲み仲間を作ったりして、和気あいあいだった。
(失業中なのに、夜遅くまで飲んだりしていていいのかしらと、ひとごとながら心配になった)


この時期は実に何十年ぶりかでまじめに勉強した。
と言っても学校では課題独習がこなせないので、家のパソコンでもやらなければ先に進めなかったからだ。

Javaプログラミングの勉強の3

まあ、その専門学校の正規の講座だったら、2年かかるところを、たったの3ヶ月でものにできる筈がなく、習得できるかどうかは、自学自習に拠るところ大だった。
(だから教室の中では落ちこぼれの一人だった。課題独習が多かったし・・・)
中にはこれだけのスキルがある人が、なぜ今さらJavaプログラミングなんか勉強しているのだろう(と言うかなぜ失業しているのだろう)と、疑問に思うくらいの人もいた。


Javaプログラミングの勉強の2

さて、職業訓練で「Javaプログラミング」を選ぶような人って どんな人たちなのか、興味シンシンで教室に行ってみると、20代から70代まで老若男女が混じって、職歴やパソコンスキルもさまざまだった。
こんなことを書くと不謹慎だと怒られそうだが、この訓練を受講することで、失業保険の受給期間をただブラブラ過ごさずに済むことになったので、内心ほっとしていた。


Javaプログラミングの勉強の1

各種の再就職訓練のコースの合同説明会にも行ったりして、結局、Javaプログラミング技術科という3ヶ月の職業訓練を、某電子情報技術学校で受けることにした。
まあJavaでもC++でも、ひとつぐらいプログラミングを知っておきたいとは、前々から思ってもいたし・・・


ほんとうは「WEBデザイン」のコースを選びたかったのだが、そっちの方は女性の受講者が多いと聞き、その上志望者が多くて書類審査で落とされそうだったので「Javaプログラミング」にした。

ハローワークで再就職訓練を申込むの2

失業保険の給付期間中は、各種ある再就職訓練の講座をタダで受けられると知って、申し込んでみることにした。
(タダどころか、通所費用=交通費とか昼食代程度の手当てまでもらえて勉強できるのなら、利用しなければ損だ)


ハローワークに行くたびに、パソコンで求人票を検索するというのもいちおうやったが、50歳を超えた男性で事務系の一般職なんて簡単に見つかるわけがない。
会社を辞めると決めたときからそのことは覚悟していた(と言うより諦めていたと言ったほうが正しいだろう)。
同時に退職した元同僚たちでも再就職したものの長続きしない例が多いようだ。

ハローワークで再就職訓練を申込むの1

話は会社を辞めた直後に戻るが、当然のごとく、失業保険をもらうためにハローワークへ毎月何回か、自転車で通った。
ヘタに勤めるよりも、失業保険の給付の方が割りが良かったし、給付期間も長いほうだったからなのだが・・・


勤続年数が長くて会社の希望退職者募集に応じて退職した場合は、失業給付金の適用期間が長くてトクをする。
ただしその分毎月ハローワークに通わなければならないが・・・

ちょっとだけアルバイトの7

それでもまあ、オフィス移転の場合は、手順の都合で、何もしないで待っているだけの時間もあるし、昼メシ以外の休憩も取らせてもらえたから、まだ楽だった。
(この後のバイト経験の話は長くなるから、またいつか)


結局、引越しは1回オフィス移転は3回やったが、毎回どんな現場に行かされるか分からないというのは、不安になってきたので、バイト会社に頼んで、次からは違う業種に派遣してもらうようにした。

ちょっとだけアルバイトの6

その次からは引越しの仕事は辞退して、また○○通運のオフィス移転の仕事に行ったが、そのときは現場責任者に「もう帰れ!」とメンバーの一人がクビにされた。
あとでその人が70代後半だと聞いて、ちょっと驚いた。


まさか80歳近い老人が運送会社に派遣されて仕事をしているとは想像もしなかったので驚きだったが、他のメンバーは「途中で返されても相手の都合だから日当は1日分もらえるのならいいな」と、けっこう気楽なことを言っていた。

ちょっとだけアルバイトの5

「人使いが荒いなぁ」と思ったが、他のメンバーに言わせると、「△△引越しセンターはもっとひどい」とか「途中で水を摂らなくて、ぶっ倒れたやつを見たことがある」のだそうだ。
引越し作業に慣れているアルバイターならいいかもしれないけれど、体力もないし引越しにも慣れていない人が無理をすると、とんでもない目に遭う。


老若を問わずできないものは「できない」と言わなければ、、、。
お客か引越し業者か本人の誰かが損をする。

ちょっとだけアルバイトの4

次に派遣された○○○引越しセンターは、個人住宅の引越しで、けっこうきつかった。
バイト会社の指定した集合場所が、とんでもない方角違いだったので、遅刻していきなり怒られたのから始まって、一日どなられっぱなしだった。


引越し専門業者と言っても、実際の作業員はスポット派遣のアルバイトばっかり、なんてことが多いらしいということが、これで分かった。

ちょっとだけアルバイトの3

肉体系の仕事ばっかりというのは予想してたし、会社勤めの時代だって、デスクワークばっかりしていたわけじゃなかったから、ベテラン社員の多い○○通運の仕事は楽なものだったが・・・


この頃は、まだ体力維持の運動サボってばかりいたから、「楽なもの」とは書いたが、途中で足がつりそうになって、ちょっとだけあわてた。

ちょっとだけアルバイトの2

はじめて派遣されたのは○○通運でのオフィス移転だった。
ちょっと心配だったけど、集まる人数が多いと知って、どうにかなるだろうと思った。
集合場所に行ってみると、同じくらいの年配者もけっこう混じってた。


サラリーマン時代にはオフィス移転は何度も経験したが、自分がその作業で雇われることになると考えたことだけはなかった。

ちょっとだけアルバイトの1

会社を辞めた後の失業保険が切れたとき、毎日遊んでいるのも後ろめたい気がしたので、登録型アルバイトの会社に行った。
(その後、営業停止処分を食らった悪名高い某社だ)
登録用紙を出したその場で、「今日の5時からどうですか?」と言われてビックリ(もちろん断ったけど)。

会社勤めで人間関係のわずらわしさにはうんざりしていたので、働く気持ちはあっても元のようなサラリーマンには戻りたくないという気持ちでアルバイトを選んだのだった。

自転車に乗るの2

クルマとぶつかっても大怪我してないのに、ひとりで転倒して前歯を折ったりしている。
銀座まで自転車通勤していた20年前の頃、酔っ払ってたのに、自転車で帰宅した途中の出来事だ。
(やっぱり飲酒運転はやめよう)


この後しばらくたって、懲りずにまた銀座までの自転車通勤を始めたのだった。

自転車に乗るの1

他に運動と言えば自転車に乗るくらいだ。
20年前には銀座まで40分ちょっと(電車を利用しても同じくらい)で通勤していた。
子供の頃から通算4回ほど自転車で車と衝突事故を起こしたけど、不思議と大怪我していない。


かつては、捨てられた自転車を拾ってきて自分で解体し、オリジナル自転車に再生して乗り回すという趣味もあったが、交換部品代や工具類に費用がかかった。
今は自転車泥棒と間違われるとイヤだから、やめてしまった。

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