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死に支度の5

ボクが死んだときの葬式などは簡略にと、日ごろから話しているのだが、遺言っぽく書き残してもおきたい。
もっとも、もう10年ぐらい先になれば、仲間の誰かが亡くなることで旧友が集まるのも悪くはないと、最近は少し考えが変わりはじめた。


まさか、今こんな不謹慎な会話を人のお葬式で交わしているわけではない。
これは悪い冗談だ。
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死に支度の4

とりあえず数百枚のLPレコードの中味を十数枚のDVDに収めた。
体積にして1/100以下にはなったわけだ。
これでレコードとプレイヤーを処分されても、音楽だけは残る。


ボクが愛したのはレコード盤やオーディオ機器ではなく音楽なのだから、音楽を伝える媒体をボクが死んだ後に大切にするかどうかには、あまり関心がない。
きっとボクが死んだ後、残したものが処分されて、書斎の棚がガラーンとあいたとしても、ほんの一時的なことに過ぎないだろう。

死に支度の3

そんなわけで、写真や音楽のようにデジタル化できるものは、DVDにデータ保存しているのだが、これがなかなかはかどらない。
それも当然だ。
家族が遺品を処分することに痛痒を感じさせないようにするのはいいとして、ボク自身は痛痒を覚えながら作業しているのだから。


内容よりも形あるものにこだわりを持つのは、やっぱり古い世代の人間だと自分でも思う。
古い写真ともなると、それを撮影したボクの両親の想いが込められているから、いささかの感傷があってもしかたがないだろう。

死に支度の2

脳卒中かなんかで突然死んだりした後に、ボクの残したドーデもいいようなしろもの(古い写真のアルバムやLPレコードやカセットやステレオなど)の始末で家族に面倒な思いをさせたくはない。


左の会話は悪い冗談だが、子どもが社会人になれば、イヤでも物が増えて、今以上に家が狭くなるだろうから、早晩どーでもいいものは自分自身の手で処分せざるを得ないだろう。

死に支度の1

またまた話題が変わるが、家事のことばかり書いていると、模範的な見習い主夫だと誤解を与えてしまうので、たいがいにしようと思う。
最近ボチボチ手がけているのが「死に支度」だ。
別にもうすぐ死ぬ予定だの計画だのがあるわけじゃないが、いつ急に死んだって不思議ではない年齢になっているからだ。
現にボクと同時期ににこやかに笑って会社を辞めた人など、かつての仲間たちが第2の人生のスタートをした途端に亡くなったりしている。


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